2012年04月25日

藤田祐幸氏の講演会が開かれます ― 山口県防府市

藤田祐幸(ふじた・ゆうこう) 元慶応義塾大学法学部助教授 の瓦礫に関する意見(抜粋)  

被曝低減の原則

1 放射能に汚染されたものを拡散させないこと

2 人は汚染された場所から離れること

今、政府がやっていることは、汚染地帯に人を閉じ込めておいて、汚染地帯からガレキを持ち出そうとすること。これは原則と真っ向から対立する。


我々の為すべきことは、被曝の恐怖を分かち合うことではなく、汚染を免れ得た大地を子孫に残すことである。

藤田祐幸氏の講演会が開かれます♪ 

防府市は震災瓦礫を受け入れて大丈夫!?学習会 第2弾

●日時    2012年6月23日(土)13時30分〜16時(予定)
●場所    ルルサス防府
       2階  多目的ホール
      (防府駅徒歩1分)周辺に有料駐車場があります。
●参加費   前売り500円(当日800円)高校生以下無料
●託児    要予約。下記までご連絡ください。受付締切り6月15日(金)

☆講演終了後、講師を囲んで茶話会あり。

環境と自然エネルギーを考える市民の会  代表 大野弘恵


posted by ぱわふる at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 山口県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4/3 NHKニュース がれき問題に関しての防府市民のインタビュー

4/3 NHKニュース がれき問題に関しての防府市民のインタビュー
http://blog.goo.ne.jp/flyhigh_2012/e/e30e4ad14e3917eb71984e5a7a79e923
小出裕章さんのお話を聴く会 スタッフブログより。



4/3 NHKニュース 情報維新やまぐち で瓦礫問題に関して2人の防府市民の声が取り上げられました。

環境と自然エネルギーを考える会の代表・大野弘恵さんと自然農法で農園を営む石田正記さんのインタビューです。

大野さんは、放射能汚染から子どもたちの故郷を守りたい母の思いを、石田さんは、防府市の瓦礫受け入れ発表により早くも起こった注文キャンセルのこと、第一次産業への影響を切実な問題として訴えました。

しかし、NHKのまとめは公平性に欠けると私は思いました。大野さんはきちんと根拠があって受け入れに疑問を投げかけているのであり、闇雲に不安を言っているわけではないし、石田さんの「注文キャンセル」も実際にがれきの焼却が始まれば「風評被害」から「実害」にもなりうる状況だと思います。

市民の声を取り上げたことは評価できるけれど、そのまとめは視点が市民ではなく、環境省・政府側に偏っていると感じました。今まさに、「絆」という美名のもと「公害」が行政によって引き起こされようとしていることへの危機感がなさすぎると思います。反対意見に「行政の説明不足」によるものという決めつけも一方的な印象をうけました。マスコミの同調圧力を感じます。

ニュースを見た小出裕章さんのお話を聞く会のスタッフより

「市民への十分な説明が必要」という記者のまとめは問題点の提示が不十分。防府市も県も国も、それぞれに責任の所在をあいまいにしたまま丸投げしあっており、これは原発立地地域の自治体、福島県や国の姿勢と同じ。危機の時にこそ、住民の命と健康を守るという国や自治体の首長の姿勢を明確にしなければならないのに…、という意見が出されました。

被災地のがれき問題を解決しようとして、地方の市町村で、また別の大きな問題を発生させていくわけですから、それは失策と言わざるを得ません。問題は小さくしていかなければならないからです。県や市は、国の失策の砦にならなければ、地方自治の意味はないということを、防府市の行政担当者は肝に銘じてほしいと思います。

予防原則で動き、がれき受け入れを反対している札幌市長のコメントを転載掲載します。

http://mytown.asahi.com/hokkaido/news.php?k_id=01000001204060003


東日本大震災のがれきの広域処理=キーマーク=要請に対し、札幌市は国の示した基準では「受け入れられない」と回答した。上田文雄市長に5日、決断の理由を聞いた。

■放射性物質、時で解決せぬ
■最悪の事態 選択前に示せ

 ――「受け入れられない」と回答した一番の理由は

 普通のがれきと放射性物質は違うということ。がれきは時間で解決できるが、放射性物質は時間で解決できない。内部被曝(ひばく)の問題もある。いま国が示している基準は外部被曝についてだ。内部被曝については世界的に確立した理論がないのが現状だと思う。
 しかし、管理をしている間に、必ずそこが問題になる。広域でバラバラな管理基準になることが十分予想される。長い時間管理する中で土壌汚染が生じれば、経口摂取の危険性もある。

 ――時間で解決できない、とは

 福島第一原発事故のときに政府が盛んに言っていた「直ちに影響はない」というのは、言い換えれば「将来は分からない」ということ。5年10年の間に被害が現実のものとなったら大変なことになる。

 ――国が示す基準に疑問を投げかけているが

 どこを見ても、放射線と人間の関係についての深みのある情報が提供されていない。いま示されている数値で本当にクリアできるのか、埋めてしまえばいいという問題なのか、政府からは説明がないように思う。誰も確証を持っていないのに、地方を分断するような判断を迫るのはよくない政策ではないかと思う。

 ――どのくらいの数値ならいいと考えているか

 「何ベクレルならいいのか」というのは非常に難しい質問だ。「これなら大丈夫だ」ということは言えない。ただ、「今より環境を悪くしたくない」という思いだ。札幌市内の清掃工場の焼却灰からは1キロあたり13〜18ベクレルの放射性物質が検出されている。僕が「(がれきを)受け入れない」と言えば、プラスアルファは防げる。

 危険性の高い環境をつくるのはリーダーのやるべきことではない。最低限言えるのは、被災地から場所を移さずに完全な管理下に置ける処分場をつくり、全国民の税金を使って押さえ込むということを徹底してやるべき、ということだ。

 ――受け入れに前向きな自治体もある中、「苦しい選択をした」とも述べている。「地域エゴ」と受け止められないように、どのように理解を求めていくのか

 それぞれの自治体の首長は、それぞれの状況に応じた市民の安全を考えておられると思う。「困っている人がいたら助けるのは当たり前ではないか」という大合唱の中で、ソロで頑張るのはなかなか厳しいものがある。だが、受け入れに手を挙げているところも、同じことを言っているのではないか。札幌だけが際立ったことを言っているわけではない。今だけ我慢してできる問題と、放射性物質を管理しなければならないという時間の長さの問題がある。そこが完全に欠落した議論になっている。

 最悪の事態は何かということをきちんと明らかにして選択させることが重要なのではないか。「安全だ、安全だ」では、原発事故の時と同じだ。放射性物質の扱いについても、「最悪の場合はこうだけれども、やってくれるか」ということでの選択でなければならないと思う。
 (聞き手・芳垣文子、石間敦)

もうひとつ 

「(ガレキを)受け入れないと判断したことが後日歴史的に誤りだったと評価されても、市民の安全は守られ、私が批判されれば済みます。けれども、受け入れて間違いだったと分かるときには市民に被害が出ている。私にはそれは耐えがたいのです。」

これは、7日の北海道新聞のシリーズインタビューに掲載された上田文雄札幌市長の言葉です。





posted by ぱわふる at 11:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 山口県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

山口県萩市議9人 石巻市内がれき処理で視察

こんな記事を見つけました。
視察だけならともかくも、瓦礫受入を前向に検討するという
口約束までしてきたのでしょうか?

萩市民に相談しましたか?
萩市としての申し入れとして言ってきたのですか?
議会にかけたのですか?
瓦礫受け入れの問題点を把握していますか?
受け入れたら影響は萩市だけでは済まないことを知っていますか?

その場のノリで軽い口約束をしたのなら、
おおごとにならないうちに撤回してくださいね。





山口県萩市議9人 石巻市内がれき処理で視察
http://chiyukihirosi.air-nifty.com/blog/2012/04/post-10d2.html
復興支援 石巻前網浜ブログより。


14日「石巻かほく」地元紙が報道しています。
萩市議会議長はじめ9人の市議会議員が石巻市の「がれき」の状況を視察、
受入を前向に検討してくれるそうです。
「がれき処理なしで復興はないのです」 
萩市民の皆さんよろしくお願いします。


[石巻市の瓦礫は岩手県の総量より多いといわれています。]

前網定置網部(生産組合)が定置網に使う漁船「JF第一オリエント丸」は、9月の進水にむけ、萩市上領造船所で建造されます。三陸沿岸の造船所は震災で甚大な被害を受け、一部復旧した造船所もありますが、とても需要を満たすことが出来なく、石巻前網定置網部では萩市の上領造船所に建造をお願いしています。これも何かのご縁ですね。

3月の上旬定置網部のメンバーは萩市の造船所にお伺いしましたよ。
その時、阿武町奈古の定置網も見学させて頂きました。

[川村孫兵衛の菩提寺・普誓寺も大きな被害を受けました。]

石巻市の恩人川村孫兵衛も萩市出身です。(長州阿武)
当時の阿武郡のほとんどは現在は萩市だそうです。
孫兵衛は天正時代の人(伊達政宗の時代)で治山治水にすぐれた技術を持っており、また天文の知識、測量なども出来るすぐれた人物でした。
石巻を流れる北上川の改修工事を行いました。北上川の水流を安定させ、新たな水田を作ることが出来るようにしました。また、南部藩、一関藩との水上交通が可能になり、米やその他の物資の運搬ができるようになりました。さらには、北上川河口から江戸へ、米を千石船によって運ぶことが出来るようになりました。

私の応援する[あさみちゆき]も山口県出身ですよ。

石巻前網浜で復興を目指し、定置網とホヤ養殖でガンバル生産組合の皆さんにご支援お願いします。

振込先は下記のとおりです。

前網定置網部
○ゆうちょ銀行
 ・振替口座 記号番号
  02220−6−×××××
○宮城県漁業協同組合  コード    ×××××
 ・支店コード       (本所) ××   
 ・口座番号        (普通) ×× 

===============ブログより転載ここまで===========

川村孫兵衛重吉は北上川を改修し、石巻発展の基礎を築いた人物で
山口県萩市出身。
石巻では恩人と言われている。

その恩人の故郷に瓦礫を受け入れて欲しいという
このブログ記事、
なんかおかしくないですか?

人と人の繋がりは尊いと思いますが、
情だけではなく、冷静に客観的に瓦礫を山口県萩市で処理すべきなのか
そのことで問題が起きないのか考えて欲しいと思います。

「がれき処理なしで復興はないのです」ということが本当だとして、
どうして山口県萩市に運ばなくてはいけないのか
よく考えてもらいたいです。

恩人の故郷を汚染するようなことになったら、
申し訳ないと思いませんか?


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三陸河北新報社(2011/7/20)

孫兵衛の墓、神社壊滅

北上川改修、石巻の基礎築く 地元住民ら川開き前に清掃活動 市、商議所の修復に期待

北上川を改修し、石巻発展の基礎を築いた川村孫兵衛重吉(1575〜1648年)の墓と、孫兵衛を祭った重吉神社(石巻市新舘)が、東日本大震災で壊滅したことが分かった。指定文化財になっておらず、石巻市としては手の施しようがないというのが現状だ。孫兵衛の功績をたたえ、感謝する石巻川開き祭りを前に、地元釜地区の住民たちは先日、ボランティアの協力を得て、がれきなどを撤去。あらためて川開きの原点を見つめた。
川開き祭りでは毎年、初日に墓前で供養祭を行うのが習わし。その出発点となる孫兵衛の墓は津波でなぎ倒され、近くの重吉神社も跡形もなくなった。由来碑がかすかに残っているものの、周囲はがれきや泥などが散乱し、面影すらとどめていない。
祭り実行委の対応が見えなかったことから、上釜地区の住民が「祭りまでには少しでもきれいにしよう」と、ボランティア団体のピースボートの協力で、墓や神社一帯で清掃作業を行った。
孫兵衛の子孫に当たる川村潤一さん(58)、重吉神社責任総代の鈴木喜美男さん(68)、上釜地区町内会長の佐藤孝さん(69)も参加した。
佐藤さんは「孫兵衛は石巻の恩人であり、地元の誇り。神社や墓は地域のよりどころだった。祭り前に何らかの対応をしてほしかった」、鈴木さんは「時間は掛かるだろうが、市、商工会議所が一緒になって修復に尽力してほしい」と語る。
祭り実行委祭典部事務局の石巻商工会議所総務課は「現状は認識している。ただ、墓や神社は個人所有」と説明した上で「子孫や氏子ら関係者と今後の対応を検討したい」と話している。
川開き祭りでは、供養祭のほか、水上行事の孫兵衛競漕(きょうそう)、孫兵衛が測量に使った縄を奉納したとされる縄稲荷(いなり)神社奉納大縄引き大会など、孫兵衛に関するイベントが数多く実施されてきた経緯がある。
今年は墓前で供養祭ができないため、孫兵衛の菩提(ぼだい)寺である普誓寺で供養祭を行うことにしている。
川村孫兵衛は1575(天正3)年、山口県生まれ。20代前半に伊達政宗の家臣になり、政宗の命を受けて北上川改修の責任者として優れた技術を発揮した。工事完成後、74歳で亡くなった。
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また、こんな記事も発見!=
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福島:会津若松 【震災支援の山口:萩市を市長が訪問…明治維新の天敵同士】
Posted Date: 2011, 7/19, 1:57
〜雨って地固まる…とは行かずとも〜

福島県会津若松市の菅家一郎市長が18日、山口県萩市を訪問する。両市は、明治維新をめぐる戊辰戦争で会津藩、長州藩として激しく戦かった間柄。「賊軍」 の汚名を着せられ辛酸をなめた会津の市民感情には今も長州へのわだかまりが残るとされる。訪問は東日本大震災で萩市から会津若松市へ送られた義援金と救援 物資へのお礼が目的。震災支援をきっかけに「和解」表明かと思いきや、菅家市長は「和解とか仲直りという話ではない」と釘をさしている。

震災後、会津若松市には福島第1原発が立地する福島県大熊町が役場機能を移すなどで、同町の住民3300人をはじめ約4500人が避難。一方で原発事故による風評被害で、主要産業の観光や農業が大打撃を受けている。

この苦境に、かつての仇敵、萩市から「東北には友好都市、姉妹都市はない。歴史的なつながりがある会津をお見舞いしたい」と、これまでに義援金2350 万円、飲料、食品、下着、学用品など救援物資が14トントラック1台分送られた。また、萩市の農協が会津産の農産物を販売するなど、風評被害の払拭に一役 かっている。

菅家市長の訪問は、一連の支援へのお礼で、被災者対応、風評被害対策について講演会で説明し、農作物、観光地の安全性をアピールする。菅家市長は「これだけの支援をいただき、お礼にいかない方がおかしい。戊辰戦争の和解とか、仲直りとか、そういう話ではない」としている。萩市側も「被災者対応などを話してもらい、今後、震災対応の参考にしたい」(企画部)と、あえて「和解」などは持ち出さない考えだ。

過去に会津若松市は萩市からの友好都市提携申し入れを拒絶した経緯がある。平成9年6月、会津に残る長州への怨念を描いた市民劇が萩市で上演されたのを きっかけに、当時の会津若松市長が戊辰戦争後初めて萩市を訪問。両市の市長同士が握手を交わしたが、「和解」への慎重姿勢は崩さなかった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110717-00000517-san-soci
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萩市は瓦礫は受け入れなくても、たくさん支援しています。
これからも引き続き萩市にできる支援を続けるのが一番いいのではないかと思います。
posted by ぱわふる at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 山口県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

瓦礫の受け入れに反対をしてください。―福島の母親たちよりー

測ってみっぺ!いわき 放射能測定引き受けます 不安な声を聞かせて下さい 安心に繋がる出会いになりますように・・・ブログより。
http://maeveherb.jugem.jp/?eid=107
2012.03.24 Saturday

いわき市の方のブログです。被災地の方の声を是非聞いてください。


『今年は復興元年』

『瓦礫の処理が進まないことが復興を妨げている』

北九州へ避難した友人ばかりではなく
各地へ避難した母親たちが、瓦礫の問題で苦悩の日々を過ごしています。

避難しても尚、気の休まる暇がないばかりか
地元の住民の方々との意識の違いで孤独感を抱え
福島にいて散々苦労してきたことを、また繰り返さなければならない彼女たちの現状を思うと
胸が締め付けられる思いでいっぱいになります。

難しい分析や見解などは専門家の方にお任せ致します。
瓦礫の受け入れをすることによって
その後起こりうるであろう暮らしの変化や
放射能と共に暮らすということがどんな心情を伴うかということを
母親の立場で書かせて頂きたいと思います。

1年という月日の中で学んだことはたくさんあります。

本当のことは後から分かるということ。

細心の注意を払わないということは自ら被曝を受け入れることと同じだということ。

目を光らせていなければ、いろんなことはどんどんなし崩しになっていきます。

1年が経ったから大丈夫なんだという、なんとなくの流れが私たちの周りを囲んでいます。

何事もなかったということにしたいという思いが見え隠れし
原発事故って、こんなに軽いものなのだったの?と、
あまりの終わった感でいっぱいの空気に脱力感でいっぱいになります。

私たちの悲しみに目を向けて、同情をして、分かち合いをして下さるのなら
瓦礫を受け入れるのではなく
どうか、私たちの変わってしまった日常に目を向けて下さい。


季節ごとの楽しみは悲しみに変わりました。

これらはもう元には戻りません。

子どもたちに『さわっちゃダメよ!毒だよ!』と自然を敵のように言わなければならないことはとても悲しいことです。
大好きなお花摘みもできなくなりました。
草の上を転がりながら遊ぶ子どもたちの様子を、目を細めながら眺める日々は戻っては来ません。

震災以降、私たちは『心穏やかに過ごす』という精神を失ってしまいました。
目の前にあるものは被曝の原因となるものかもしれず
子どもの行為ひとつひとつが危険を伴う行為かも知れない
そんな中で心穏やかにいるということは、とても難しいことです。

神経質な母親だからではありません。
それは、自分が子どもの成長に責任がある存在だということを、強く意識すればこそのことです。
私たちを、ひとくくりにしないでください。

不安定さは認めますが、意味もなく不安に駆られているわけではありません。
ここにとどまったとしても、できる限りの安全を確保したい
それを日常の中で持続させ続けることは大変なことです。

心の休息を取らなければ、まいってしまうというのが正直なところです。

しかし、現状はといえば
震災以降、安全を確保するために努力をしている人たちは
県外の安心と思われる食材を取り寄せ、水も購入し、使い捨てのマスクも常にストックし
休みの日はなるべく遠くへ出かけ
被曝がどれほどのものだったのだろうかと実費で検査をし
その出費をムダ遣いだと夫に叱られながらも
何度も検査を続ける母親の気持は悲しみでいっぱいです。

家計は見事に火の車
そのためには今まで以上に家計を切り詰め、働かなくてはなりません。

心の余裕どころか経済的な余裕すらなくなってしまい
それが心の窮屈さに繋がってしまっていることも事実です。

常に何かに追い詰められているような日々
学校からのお便りが届くたびに出るため息・・・
『ああ、なんだか原発事故なんてなかったかのよう・・・。放射能に注意を払うような内容なんてどこにも見当たらない・・・』
教育の現場が、できる限りの策を常に考えて、子どもたちを全力で守ってくれるであろうという
私たちの予想は見事に外れたというショック・・・

このショックはいまだに癒えていません。

当たり前に戻そうとする勢いに、不安を抱く母親の疲れは更に膨らんでいくのです。

それを共有できている人は幸せなほうです。

未だに一人ぼっちで悩みを抱えながらいる母親に
私は会いたいと思うのですが
それもなかなかできていないかもしれません。

安心の度合いは人それぞれなので押し付けることはできません。

こんな教育委員会の言葉に、私は首をかしげます。

押しつけではなく、共通認識として、大人が子どもを守るという姿勢を見せるのが教育現場としてのあるべき姿なのではないでしょうか?

教育現場とのやり取りで、どれだけの母親たちが傷付いて涙を流していることでしょう・・・

先日、子どもたちを放射能から守る全国ネットワーク主催のサミットに出席した際に
『子どもの人権』という言葉を目にしました。
とても大きく心が反応しました。
守られるべき子どもの人権が守られていないという現状。
まだまだ埋もれていますが
各現場での対応がどうであったのか
取り上げれば大問題になるであろう事例は山ほどあります。

私自身、震災以降、各家庭の線量を測定しながら、
各教育現場がどんな対応をしているのかを聞き取りしてきましたが
耳を疑うような話は本当にたくさんあり
母親たちの涙をたくさん見てきました。

そんなことが許されるのかと、本当に悔しさを噛みしめてきました。

みなさんに、私たちのような思いをしてほしくはありません。
私たちの現状を知って下さい。
毎日毎日が、今までとはまるで違ってしまいました。

この空虚な思いは、なかなか伝わらないでしょうが
ほんの少しでもイメージをしてみて下さい。

分断という言葉をよく耳にしますが
意識の違いが生み出す分断は想像以上のものです。

放射能に敏感でいるということが、イコール、こそこそと身を守るという
なんともおかしなことになっているのです。

私自身は堂々としているつもりではありますが
風評被害という言葉がここに存在する以上は
ほとんどの人たちはNOという言葉を上げられないのです。

今までは有難いお付き合いであったことが今はそうではない・・・
頂き物をどうするかという、気まずい話もよく聞きます。

例えば、収穫の秋、自宅で採れた柿で干し柿を作るということは
本当に素晴らしい伝統的な食の楽しみであって
歓声を上げながら柿を取って
縁側に腰をおろして家族総出で皮を剥いて
干し柿作りをする光景などは、今までならほのぼのとした秋の風物詩でした。

放射線量が高い福島市。私の実家でも、例年通りに干し柿を作りました。

それが届いた時の気持ち・・・


柿の線量は高いということは食品測定所のデータで知っていました。

干している場所も高濃度汚染地域です。


親であっても意識は異なり
説明しても通じることばかりではありません。

これを食べるか食べないか
こんなことがずっと続いています。

これはごくごく小さな、ほんの一例にすぎません。
とにかく今までとは、全てが違うのです。

これ以上汚染を広めることはしてはいけません。

どうか瓦礫の受け入れにはNO!と言って下さい。

真実は後から知っては遅いのです。

私たちの悲しみを無駄にしないでください。


失ってから気づくことの多さに
私たちは途方に暮れています。


痛み分けなど、私たちは望んではいません。
同じ思いをしてほしくはないのです。


防ごうと思えば防げることを
どうか積極的に考えて頂きたいのです。

汚染された後に、どんなことになるのか
具体的なことはあまり伝わっていないのでイメージができない
遠方から届くそんな言葉を受けて
ごくごく日常にある、私たちの暮らしや思いを、ここに書かせて頂きました。

これをお伝えすることは、私の友人たちも望んでいることです。

子どもを守るために苦労している、福島の母親たちからの祈るような思いが
少しでも伝わりますように・・・。



posted by ぱわふる at 07:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 被災地の声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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