2012年04月29日

飯舘村のウグイス ラジオオートグラフで被曝を映像化

森住卓のフォトブログより。
http://mphoto.sblo.jp/article/55571894.html

飯舘村のウグイス ラジオオートグラフで被曝を映像化 


先日、森敏先生から以前お願いしていたラジオオートグラフの写真が届いた。
私が飯舘村で昨年12月に採取してきたウグイスの死骸だ。
やはりだいぶ被曝していた。

ウグイスの被曝の状況を映像化したものだ。
カラーはサンプルの写真。
モノクロのレントゲン写真のようなものがラジオオートグラフ。
黒い点々としたものがCs137の放射線がでているため黒くなった。
羽の部分は表面に付着したもの、腹の部分の黒くなったところはお腹の内部から放射線がでている。
汚染した虫などを食べたことで食物連鎖で濃縮されたものと思われる。これはお腹側を羽を広げて撮影したものだ。
1枚の写真を撮影するために要した感光時間は一ヶ月。
提供;森敏先生

うぐいす1.jpg


うぐいす2.jpg

posted by ぱわふる at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 内部被曝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドイツの脱原発を実現したZDFフィルム『原発政策の間違い』(日本語字幕付)

ドイツの脱原発を実現したZDFフィルム。『大いなるこけおどし・・・原発政策の間違い』
http://www.dailymotion.com/video/xqfucg_zdf-yyyyyyyyy-yyyyyyyy_news

2009年9月の連邦選挙でメルケル首相の率いる政府与党は、実質的な2000年の脱原発協定からの下車とも言うべき28年間の原発運転期間延長を公約して勝利した。しかしこの選挙では2008年の世界金融危機後の対応が争点となり、原発政策の転換が争点にならなかったことから、十分な国民議論を求める声が高まっていった。
政府は国民議論を無視して、翌年9月に原発運転期間延長法案を強行しようとした。
これに対して公共放送ZDFはこのフィルムを法案決定の一ヶ月前の2010年夏に放映し、政府原発政策公約は間違っていると訴えた。
そこでは政府顧問のオラーフ教授を筆頭に政府専門家、民間専門家、学者などを登場させあらゆる視点から、原発運転期間延長政策の間違いを論理的に指摘していた。
原発運転期間法案は9月に12年間に短縮して強行されたが、このフィルム放映でドイツの脱原発を求める世論が急速に高まり、既に11月の世論調査では2011年の州選挙での与党敗北を予想していた。
事実2011年初めの州選挙では政府与党は全敗し、たとえ福島原発事故がなくともドイツの脱原発は必至であった。


第一章 何故いま原発運転期間延長なのか

(要旨)電力料金は巨大電力企業の市場支配によって決まっており、原発運転期間延長で料金が下がるのは神話であり、4大巨大企業には延長で20兆円をはるかに超える莫大な-利益が転がり込む。そこではZDFがスクープした「影の計画」のように巨大電力企業の政治支配がある。

第二章 最終処分場ゴアレーベンの嘘

(要旨)28年間の原発運転期間延長では莫大な放射線廃棄物が生じることから、最終処分場確保が必要不可欠である。そのため環境大臣は延長法案を決議する前に、ゴアレーベンの調査を指示する。このゴアレーベンは80年代初めから調査がなされているが、最初から如何に嘘の塊であったかを、原発信奉者で地質学者のボスであるゲルト・レェティヒ教授の証言を引き出すことで完璧に暴露し、ドイツ国民全てを震撼させた。
それを引き出したZDFの圧巻する制作方法には、只々脱帽するのみである。

第三章 原発の安全性は担保できない

(要旨)政府首脳は国民の批判の高まりを受けて、ドイツ原発の安全性を高らかに国民に訴えかける。しかしZDFは以前原発管理者でもあった技術者の証言を通して、原発技術の誤差をゼロに近づけることが出来ても、リスクを制御することが出来ないことを明らかにする。しかもこの技術者は、チェルノブイリ原発事故の次の大きな事故が起きるのは時間の問題だと断言する。また2007年に危うく炉心溶融の大事故を起こしそうになったバッテンフォール(スエーデン企業)のクルメール原発を検証することで、安全性の担保が如何に信用出来ないかを明らかにしている。さらに原子炉安全局の前の局長ウォルフガング・レネベルクの証言を通して、老朽化した原子炉の事故数の増加を立証し、原発運転期間延長には安全性に大きな問題があることを引き出している。

第四章 防備不可能な原発テロ

(要旨)専門家の証言を通して、イスラエル砲撃で使用された2キロ離れた地点から5メートルの鉄筋コンクリートを貫通させる持ち運び容易なロケット砲攻撃に対して、ドイツの原発が無防備であることを立証する。そして法務局の憲法裁判官ヨアヒム・ヴィラントは、原発テロに無防備な中で原発運転期間延長をするならば、国家が国民を防御する義務に違反すると断言する。

第五章 原発が再生可能エネルギー転換への架け橋という嘘

(要旨)政府はさらなる国民批判の高まりを受けて、原発が未来のエネルギー転換の架け橋として必要であることを必死に訴える。しかしZDFはこの架け橋という言葉の嘘を、首相顧問オラーフ教授の風力発電機製造企業の工場見学や再生可能エネルギーに取り組むエネルギー公社の取材を通して、原発運転期間延長によって再生可能エネルギーの伸展を妨げている実態を明らかにすることで見事に暴いている。

最終章 原発政策の間違い

(要旨)憲法裁判官は、妊娠か妊娠していないかのように原発も推進か脱原発かであり、第三の途はないとし、原発運転期間延長は憲法違反であると強調した。そして最後に再び首相顧問のオラーフ教授を登場させ、「原発運転期間延長のシグナルを与えるならば、再生可能エネルギーへのエネルギー転換を望まないシグナルを与えることである」という主張で、政府の原発政策の間違いを正した。


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沢田昭二氏「市民と科学者の内部被曝問題研究会」第一回総会記念講演4/22(動画・内容書き出し)

沢田昭二氏「市民と科学者の内部被曝問題研究会」第一回総会記念講演4/22(動画・内容書き出し)
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-1821.html



「放射性被ばくに脅かされない世界を目指して」ということで、
これまでいかに内部被ばく問題が、原爆被爆者の研究から隠ぺいされてきたかという事を、
具体的なお話しをちょっとしようと思っています。


今朝も先ほどお話しがありましたし、先程の肥田さんのお話もそうだったんですけど、

核兵器を使おうという政策、それから原発を推進しようとする政策に、
放射線の研究体制がすごく従属させられて、ひん曲げられてきたというのがあるんですね。
それについてちょっと、最初にお話しをしようと思います。

日本医学者の研究で一番大きな研究が始まったのが
1947年からスタートしたんですけれど、トル―マン大統領が被ばく者を調べて、
これから始まるであろう核戦争の中でピカッって光った瞬間の初期放射線の影響を調べる。
一応学問的には1分以内となっているのですが、その初期放射線の影響だけを調べる、
そして相手方の部隊をどれだけやっつけることができるか、
そしてその部隊がどれだけダメージを受けるかということを明らかにするために原爆被害者を調べて、
1950年に日本で国勢調査をやったその再調査の中で調べられた被爆者の中から、
広島市と長崎市に籍を持っている人たちだけを被ばく対象者にして調査を始めたというのが、
原爆傷害調査委員会、ABCCなんですね。

そして1975年に、このABCCが閉鎖されて、日米共同の放射線影響研究所(放影研)になったんですけれど、
スタッフや研究計画はこのABCCの物をそのまま引き継いでしまいました。

ということで、初期放射線の影響だけを研究するという事だけがずっと続けられてきて、
本当は、この内部被ばくの問題には、遠距離の被ばく者とか、それから入市被ばく者の研究、
入市被ばく者に一番深刻な影響が沢山出ているんですが、それを隠ぺいした研究をずっとしてきました。


しかし、調査人数がすごく多いという事と、それから長い間、半世紀以上も長い間研究を続けてきた。
こういう研究は他にありませんから、
この研究の結果が国際的な基準基準、国際放射線防護委員会等に送られていって、
そして世界中の放射線防護の基準を作るという事になっているんですね。

という事でこの国際放射線防護委員会の基準も、内部被ばくが明らかになっていないデータを使っていますから、
内部被ばくは外部被ばくと変わらないという事で内部被ばくの特殊性を全く無視した、そういう基準を作ってきたのです。

沢田1.jpg

ですけど、1997年に、ヨーロッパ放射線リスク委員会(ECRR)というのが出来ました。
チェルノブイリの事故の後はドイツでも放射線防護協会というのが出来まして、
そういう隠ぺいされたものを「もっときちんとやらなきゃいけないんじゃないか」という事を議論を始めました。
2003年にECRR勧告を出しましたし、
2009年にはECRRはエーゲ大学と共催してギリシャのレスポス島で会議をひらきました。
私もここに招待されて報告をしたんですけれど、
そして、「内部被ばくの問題をもっとちゃんと議論をしなさい」という事を訴えた
レスポス宣言というのを出して、この体制を批判しました。

それから日本で原爆症認定の集団訴訟というのが2000年から始まったんですけど、
そこでも内部被ばくの問題が明らかになってきました。
そして、全ての判決で、内部被ばく問題をきちっと評価しなさいという判決が行われました。
しかしいまだに、日本放射線影響研究所もそうですし、
それから厚生労働省も内部被ばくを無視するという立場を変えていません。

そして今回、市民と科学者の内部被ばく問題研究会がスタートしました。
で、午前中にが紹介されたんですけれど、
ドイツの放射線防護協会というのがチェルノブイリの事故の後からずっと研究していますので
共同して、これから内部被ばくの問題を明らかにしていこうじゃないかという事になっていきます。

ドイツと私たちの会が取り組むことによって、これから放射線被ばくに脅かされない世界を作っていく、
ま、そういうことに大きな貢献ができればいいなと思っております。


これは広島の被爆者の絵なんですけど

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この方は爆心地から1kmの木造家屋内で被ばくしました。
21歳の兵士なんですけど、屋内でしたので火傷はしませんでした。
それから幸い、怪我もしませんでした。
彼は、だからしばらくは被爆者の援護救済を取り組んでいたんですけど、
12日後に脱毛が始まりました。

沢田3.jpg

そして紫色の斑点、先程肥田さんも言いましたけれども全身にこういう紫斑がでて、
23日後に出て、28日後に死亡しました。
これは瞬間的な外部被ばくの影響です。

それからこちらの少女の方は11歳の少女は、
爆心地から2キロメートル。ここでは、瞬時の放射線はほとんど到達しません。屋内でした。

沢田4.jpg

彼女が脱毛を始めたのは、結局放射線降下物による内部被ばくの影響であるという事が明らかな訳ですね。
ですけどこういう影響を先ほどのABCC、放射線影響研究所は認めませんでした。
「遠距離のこういう脱毛は精神的なショックで起こった」んだと、
いまだに言い続けている状況が続いています。

午前中の総会にSchmitz−Feuerhakeさんっていう方がメッセージを送って下さったんですけど、
実は彼女が1983年に論文を書いてですね、
放射線影響研究所でやっている研究は遠距離被ばく者
この黒い丸で示したのが遠距離被ばく者
白い丸が入市被ばく者
これを比較対象外にするのは、それはおかしいという事を、初めて学術論文として研究をして明らかにしました。

沢田5.jpg

これは日本人平均と比べて、遠距離被ばく者や入市被ばく者が
どの位、癌とかいろんな病気についての発症率があるかという事で、
日本人平均と同じであれば1になるんですね。

で、調べている遠距離被ばく者や入市被ばく者は日本人に比べて死亡率は低いんですね。
それからいろんな病気なんかも低いんですけど、白血病とかいろんな癌なんかは高くなっているんですね。
死亡率はそれほど高くはないんですけれど、発症率がすごく高いんですね、のきなみ。
という事を論文に書いたんですけど、
国際的な放射線影響研究の専門家たちは彼女の論文の掲載を拒否しました。
で、彼女の論文は結局レターという、これは審査じゃないそういうところにしか掲載されなかったんですけれど、
1983年に「そういう事はおかしい」とすでに指摘していたんですな。

彼女は今現在ECRRの会長をやって下さっていまして、
今年の6月か8月ぐらいに日本にやって来て下さいますので、彼女と一緒になっていろんな研究ができると思います。

こうした隠ぺい政策の一番もとは、
「被ばく実態に基づいた被ばくの研究がおこなわれていない」ということなんですね。
それでわたくしは、原爆症認定集団訴訟が始まった事に際してそれをやる事にしました。

ABCCは1950年前後に、これから調査しうとする被ばく者の、脱毛とか
いろんな急性症状を発表しているはずなんですけど、
唯一発表しているのが脱毛の発症率ですね。

沢田6.jpg

四角というのが脱毛発症率なんですね。
初期放射線は爆心地から2キロまでしか到達しません。
でも、初期放射線が到達しない遠距離でもわずかですけど、脱毛が発生しているんですね。
実は放射線影響研究所の研究者はこの調査結果から、初期放射線の影響だけ引き出すことをやって、
この黒い四角と比較をしているんですね。
そしてこの比較が放射線降下物の影響だという事になるんですね。
私はこの調査結果から、これが被ばく線量と脱毛の発生率、シーベルトと読み直してもかまわないんですけれど、
被曝線量と脱毛の発生の確率を赤い直線で設定しました。
で、先程肥田さんがお話しになったように、
こういう症状が起きるのには個人差がすごく大きいわけです。

ほんのわずか浴びても、500ミリシーベルト位から始まるんだと思うんですけど、
それぐらいでもわずかに発症している人がいるわけですね。
だから、福島の原発事故で、先程のお話しのように、脱毛があったという事になると、
それは、その辺の被爆でも発症するような人ですね。
爆心地から2キロぐらいですと、5%の人に脱毛が発症していますね。
5%の発症の人は1.4ミリシーベルト浴びているということになるんですね。

沢田7.jpg

ずっと、被ばく線量が増えていくと、最後は100パーセント発症するわけです。
もっと被ばく線量が増えていくと必ずみんな発症する訳ですけど、
こんなに大量な4シーベルトを浴びると半分の人が60日以内に死亡するという、半致死量ですね。
それ以上浴びても、発症しない人も僅かにいるという事になるわけですね。
そういう事で個人差がすごく大きい。
だから平均値で考えてはダメだという事がイメージされている訳です。

これを元にして調べたのがこの図です。

沢田8.jpg

初期放射線、ピカッって光った瞬間は、こういうカーブで入ってくるんですけど、
降下物による影響というのは爆心地から6キロでも800ミリシーベルト。
これはグレイと書いてありますけれど、この辺は800ミリシーベルトという被ばくをしていることがわかりました。
国が言っているのは雨が降ってきてそれが地面の中に浸みこんだものを測ってこのバツ印。
全然違いますよね。
これを無視したのが現在の世界です。
この影響が内部被ばくだという事を今から示します。

これは長崎です。

沢田9.jpg

長崎は爆心地から12キロまでデータがありますので、
これは脱毛の発生率、青い線。
それから紫色の斑点が出てくる皮下出血はオレンジ色の線。
それから下痢の発症率が爆心地から近いところは発症率が低いんですけど、
逆に遠距離で、脱毛や紫斑に比べて発症率が高いですね。
この違いは何かというと、内部被ばくの影響なんですね。

で、私は今のデータから長崎の被曝線量を調べました。

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これが初期の被ばく線量で、降下物の量です。
1200ミリシーベルトとか1300ミリシーベルト。
広島の800ミリシーベルトよりもはるかに大きいですよね。1.5倍です。
で、これは広島よりも長崎の原爆が1.4倍だった時ことから、科学的に見ても合理的な結果な訳ですけど、
いまだに日本政府もアメリカ政府も放射線防護委員会もこれを認めようとしていない現状があります。
で、論文に書いて発表しようとしてもなかなか掲載されないという状況がずっと続きましたけど、
やっと去年の12月に、私の論文が日本の社会医学研究という雑誌に掲載されました。
世界の人達がそれを読むことになったので、そういう影響が広まっていけばいいなと思っているんですけど、

これは先ほどのですね、下痢の発症です。

沢田11.jpg

で、脱毛と紫斑に比べると、近距離では発症率が低い。
遠距離の方が発症率が高いんですね。
近距離はなにかというと、初期放射線が主なものです。
初期放射線は外から被ばくしますから、
下痢がはじまるというのは腸の壁の細胞が放射線にやられて剥離するという事で下痢がはじまるんですけれど、
腸のところにまで放射線が入ってくるとすると、
内部被ばくか透過力の強いものでないと入ってこないんですね。
透過力が強いというのは電離作用してダメージを与えるわけですけど、
腸の壁の細胞はすごく薄いですから、腸の壁まで到達できるんだけど、通りすぎてしまうわけですね。
という事でかなり大量に放射線を浴びないと、下痢が近距離では発症しなかった。


ところが遠距離の方は放射性物質を身体の中に取り込みます。
そしていきなり腸の細胞のところまで表面に放射性物質がきて、
そこで透過力の弱いベータ線をおもに与えるわけですね。
ベータ線は2センチか3センチしたら全部エネルギーを渡して溜まってしまう訳です。
という事で、この遠距離の下痢の発症というのは内部被ばくの影響なんですね。


だから、近距離は外部被ばく、遠距離は内部被ばくとなるわけです。
この違いを明確にすればいい訳ですね。

それを元にして被ばく線量を計算しました。
そうすると、初期放射線の影響と、放射線降下物の影響とがこんなふうにちゃんと出てくる。

沢田12.jpg

しかも、下痢と脱毛と紫斑の発症率が完全に被ばく線量を示す事が出来たのです。
だからこの大部分は、遠距離は内部被ばくだという事になるんです。
そうすると、先ほどお話ししましたように、
ガンマ線とベータ線の内部被ばくの影響が全然違うという事が明らかになったわけです。

いま、国際放射線防護委員会は、
ガンマ線もベータ線も内部被ばくで全く同じ影響しか与えないという基準を出しています。

で、これは放射線影響研究所のデータですけど、
放射線影響研究所はですね、遠距離被ばく者を把握していないとして、
それと比較して近距離被ばく者はどういう影響を与えているか計算しましたら、こういう線になるんですね。

沢田13.jpg

遠距離被ばく者を基準にしますから、こんなに低い数字が出ると。
ところが広島県民を対照にして遠距離被ばく者をちゃんと調べると、こういう線になるんですね。
これをちゃんと見ますと約2.3倍影響のズレが出てきました。

で、先日日本にやってきたMalko博士が調べたんですけれど、
ベラルーシと原爆被爆者を比べると、1シーベルト浴びた時にどれくらい癌が発症するかという事を調べたわけです。
ベラルーシはこうなったんですね。同じ被ばく線量です。
原爆被爆者の方はこうなったんですね。

沢田14.jpg

だからここにありますように、3.7倍から11.8倍ぐらいズレがあるんですね。
この比は何かというと、原爆被爆者の方は先ほど言ったように、
遠距離被ばくを比較対照にしているものですから、過小評価になる
んですね。
2,3倍から、2〜3倍のズレがある。

それから私はベラルーシの方は逆に測定がおかしいと思っています。
ホールボディーカウンターでやっています。
ホールボディーカウンターはガンマ線を測るんですけど、後でそれをベータ線などの被ばくと直すわけなんですけど、
その時に国際放射線防護委員会の基準を使うわけです。
国際放射線防護委員会はベータ線もガンマ線も全く変わらないとしています。
ですから私はホールボディーカウンターで測ったものは3倍から4倍5倍ぐらいしないと、
本当の被ばく線量は出てこない
と思っています。

という事でこちらの方はそういう大量の被ばくをしたという事と、
それからこっちは被ばく線量をごまかしている、遠距離被ばく者を比較対照にしているという、
両方ちゃんとやればこの違いが解明できると思っております。
という事でこれからちゃんと議論していけば、そういう問題が明らかになると、そういう事になると思っております。

で、もう時間がないので、この被ばくの勉強をちゃんとしていけば、
いま、核兵器を無くすという事で、ウイーンで今度原爆展をやろうという事になって、
これからウイーンで2015年の核不拡散条約で核兵器廃止の交渉を開始せよという事をやるんですね。
そういうふうになれば、核兵器を禁止するという条約をやって、
今の核不拡散条約というのはある意味で不平等条約で、
この条約のもとで原発の利用なんかが進んできたという事がありますんで、
核兵器禁止条約の制定に向ければ、このNPTの誤った事を正していって、
世界中でですね、放射線の影響、原発も、核兵器もない、そういう世界を実現できるんじゃないかと思っていますんで、
皆さんと一緒になって頑張っていきたいと思います。

沢田15.jpg

ありがとうございました。





posted by ぱわふる at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 内部被曝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

肥田舜太郎氏「市民と科学者の内部被曝問題研究会」第一回総会記念講演4/22(動画・内容書き出し)

市民と科学者の内部被曝問題研究会 第一回総会記念講演 肥田舜太郎氏






ご紹介いただいた肥田舜太郎です。
長い間待望していたみなさん方のような優秀な方による内部被ばく問題研究会が発足いたしました。
おそらく世界で初めてだと思います。

核兵器に関心を持って、あるいは現在原発を動かしているどこの国でも、
内部被ばくの問題はほとんど知られていません。
特に国民の皆さんには全く伏せられています。
それはやはり、放射能というものを利用して、金を儲けようという側の者にとっては、
その被害を詳しく知られる事は、最も恐ろしい事なんですね。
だから、全勢力を上げて、内部被ばくは害がないという事を、
今日まで地球上のすべての国で、そう思い込むようにやってきました。

わたくしは広島で軍医をしていて、まぁ自分も被ばくをしたんですが、
偶然命が助かって、その代わり、その瞬間から、
即死した人、倒れた人、焼き殺されたというのを、いやというほど見てきました。
ですから、あの爆弾が原爆という事が分かって、
その原爆が放射線を出すという事が分かるまでには、少し時間がかかりましたけれども、
基本は放射線が主力の殺人兵器だというふうに私は認識しています。

そして67年間、いまでもまだわたくしに相談に来る被ばく者がいますから、
殆ど後半半生は全部被爆者のために生きてきたと言っても過言でない生活を送ってきました。
それほど卓越した医者でもありませんし、
学問的にもそれほど深いものを持っているわけでもない、平凡な町医者でした。
研究はする事はできません、時間がなくて。
症例だけは沢山持っています。

肥田1.jpg

そして、それを今振り返ってみると、
やはり、他人が目で見て「ああこの人は被ばくをしたんだな」
ケロイドがあったり、やけどをした後が残っている。
そういう人ももちろん大変な苦しみを味わったんですが、

内部被ばくを受けて、外から見たんでは何の証拠もない。
具合が悪くて医師にかかっても、日本の医師で内部被ばくを知っている医師は当時ほとんどいませんでした。
ですから、検査をしたり、診察をしても、どっこにも、
彼らの持っている医学知識では、異常が認められない。
必然的に「あなたは病気ではない」という言葉が出るんですね。

医師は自分で学んできて、検査の成績にせよ、信頼技術にせよ、どこかに異常があって、
それが心臓なり、肝臓なり、腎臓なり、すい臓なり、
どこかの内臓疾患に関係があるという判断ができない限り、病名が付けられない。

ですから、私のところに泣いて相談に来る大部分の人は、
どんな大きな病院に行って有名な先生に診てもらっても、
「あんたには病気はない」といわれます。

自分ではこんなに苦しくて、
まともには生きていけないほど体が悪いのに、
なんで医者が診て病気じゃないって言えるんですか?

そう言って怒ってきます、みんな。

私はそういう患者ばっかりを1960年ごろからずーーーっと診てきました。

そして出来る事は、本人を励まして長生きさせる事だけです。
その状態を治療するという方法が分からない。
だから結局は本人に健康を守るような生活の指導をして、
「一緒に長生きしようね」という話しかできなかった。

被団協という日本で唯一の被ばく者の組織に加わりまして、たった一人の被爆医師でしたから
結局私がやった仕事は20万、30万の生き残った被爆者の長生きを図るのがわたくしの仕事。

放射線のいたずらと抵抗して、人間が健康を守って生き抜く。
これがわたしの任務だなと思って、そういう仕事をしてきました。

ですから今、日本中を歩いて、いろんな話を頼まれてしますが、
みんなが私に要求するのは、
「どうやったらこの子を長生きさせられるのか」
「この女の子を結婚させて、赤ん坊がちゃんと生まれるでしょうか」
「私もまだ両親がたくさん長く生きているか分からない、
面倒を見てまだ長生きできるにはどうやっていきたらいいか」っていうのがみんなの要求です。

だから、沢山の専門家の人が言うように、
「事故を起こした発電所から、できるだけ遠くへ行って、放射線の来ない所へ行きなさい」
あとは「水と食べ物を絶対に汚染されていないと確かめたものだけを食べなさい」
そういう指示をするのね。
皆さんもテレビでそういうお話しを聞かれたと思います。

それのできる人がいったい何人いるんだ?と。
大部分の人はできません。
出来ない事を教えたってしょうがないんですね。
だからわたくしはみんなにできる事を教えます。


それを言ってくれる医者だというんで、全国から「来てくれ来てくれ」の話がくるんです。
それは私が被ばく者として、沢山の被ばく者仲間を、
癌や白血病にかからないで、寿命いっぱいに長生きさせようという運動を、
何10万という被爆者の人達と一緒にやってきた経験があるからです。
それは、結論から言えば、
自分の健康を守って、自分の命を何よりも大事だと、本当に思って、
その命を損なわないような、そういう理想的な健康な生活を意識的に努力をしてやるしかない。
放射線防護の戦いはそれしかないんだ。

私は沢山の被ばく者と30年、そういう運動を続けた経験から、確信を持ってそう言います。
他に名案はない。

それともうひとつは、
自分と自分の子供だけが幸せになるという考えは絶対に持つな。
幸せになるなら、みんな同じ母親とみんな同じ子どもが全部幸せになる道を考えろと。

それには努力をして、日本中の原発を全部止める。

それと、世界中の核兵器を無くして、日本の国がまたまた核戦争に利用されるような事は絶対にしない。
それには勇気を持って、アメリカに帰ってくれという事なんだと。
そこまで突き詰めなければ、この原発問題は片付かないよという話をして歩きます。


これは思想でも何でもない。
今ある原子爆弾の放射能という、余計なものの被害で苦しんでいる状態から抜け出そうと思えば、
一番それを妨害しているアメリカに帰ってもらうよりしょうがない。
原爆どころじゃない。
核兵器まで持ちこんでくるんだ。

そんな出会いは、もう67年もたった、
昔戦争が終わって、もう、その時の償いは十分我々はしてきた。
明日からまだまだ、さんざん奉公しなければならない義務は何にもないんだ。
そういう覚悟が決まれば、あなたは放射能と戦って生きる勇気ができる。
そういう話をしてきます。

肥田2.jpg

皆さんはもう、とっくにご承知だと思うけど、
直接外部被ばくを浴びる場合は、放射線の強さに、やはり一定の条件がある。
皮膚を貫いて、中にはいるだけの、そういう放射能の強さがなければ、
外部被ばくも人間の体に害を与えることはできない。

しかし、内部被ばくの場合は、
放射線の量や質の大小は無関係です。
どんな少量でも、入ったら最後被ばく者なんです。


入った放射能は沢山だから危ない。少量だから大丈夫なんていう事は全く無いんです。

アメリカは内部被ばくは入った放射線が微量だから、人間の体には害を与えない。
何の根拠もないウソを、(原爆を)落とした瞬間から日本にずっとウソをつき続けてきた。
沢山の人がそれに惑わされて、
沢山の大学教授が研究もしないで、
「内部被ばくは量が少なければ安全だ」と、今でもまだ思っているんですよね。

わたくしは、広島の被爆者が同じところで、同じ状態で被曝をした人間が、
片一方は3日後に死に片一方は今日まだ生きている。
人によって違うんですよね、対応が。

つまり放射線と人間の関係は、
その放射線と今受けた人間の健康状態が、その人の将来を決める。

同じような状態が起こっても、みんな被害は違うんです。

それを沢山私は経験しているから、
福島の人に、何μシーベルトでどうのこうのっていろんな意見が、こう、出ています。
全部同じようにあなたの隣の子も、その向こうの子も、その向こうの子も、お宅の子も
みんなおんなじ条件で被曝をしたんだ。
しかし明日から、この子たちに起こってくる運命は、一人ひとりみんな違うんだと。
こっちは100まで長生きするかもしれない。
こっちは、悪いけれども、高校生の時に癌が出るかもしれない。
それは、そのこの本人が持っている、その時の被ばくした時の健康状態によって違うんだと。

だから、基本は、
放射線は身体に入ったけれども、
その放射線が悪さをして、身体の中であっちこっち、こう悪さをしながら時間をかけて病気を作っていく。
それを作らせないようにすれば、長生きできるんだと。

日本の広島・長崎の被爆者は、みんなそうやって長生きしてきたと、
だからあんたがたも、何となく生きているという生き方じゃなくて、
明日から「私は正しく生きるんだ」と、「放射線には負けない」そう思って、
飯の食い方から夜の寝方から、トイレの行き方からセックスまで。
何もかも自分が行う行為が度が過ぎないように、
許された自然の


−2−


お酒も過ごさない
煙草も今日限りやめる。
悪いといわれた事は全部やめる。

そういう生活に、あなたも父ちゃんも、それをみならって子どもも躾る。
そういう生活を明日からしなさいと。
それがかったるくて嫌だったら、遠慮なく放射線に負けて死んでください。

そういう話をして歩きます。

そこまで言わないと、
ただ、「放射線っていうのは怖いものです。どうのこうの」と、
学者の先生が話をするように話しても、
今の、本当に心底心配している母親の悩みは止まりません。


原発というものが、こんなに恐ろしいものだという事が、
まだみなさん、本当の恐ろしさはまだ出ていない。

放射線の恐ろしさの一番深いところは、
医者が診ても病気だとは思えない。
しかし本人は身体の具合が悪くて、活動ができない。
それを悩んで自殺をした被ばく者は沢山あるし、
会社へ勤められなくなって「あいつは怠け者だ」といわれて、
自分じゃあ、働く気が十分ありながら、あの爆弾を受けたためにこんなになったんだと、
誰に訴えても分かってもらえない。


人間こんなに苦しい事はないですよ。ほんとうに。

72歳の時に、私のところへ訪ねてきた被爆者がいるんです。
22歳の時に広島で被爆をして、数週間たってぶらぶら病が出ました。
だけど軽くて、何日か苦しんで治っちゃって、
そのまんま、何とも無しに70何歳まで生きた。
それで、中小企業の社長さんで、沢山の人を使って、
それが、1980何年、ちょうど原爆が落ちてから、35年ぐらい経って、急にぶらぶら病が出てきた。
毎日自分の工場を回ってね、5つあるんだそうです
そこを回ってみんなを励まして、現場で段取りを付けるのが社長の役割。
ところがそれが回れなくなった。かったるくて。
それで、新潟の人なんですが、農協の病院や日赤の病院、
ありとあらゆるところで先生に診てもらって、どこへ行っても「なんともない」と。
どうしても納得いかないから、懇意のあった医院長に紹介状を書いてもらって東大まできた。
ホテルを取って。
で、3日待ってやっと診てもらえて、それでいくつか検査を受けて、
そして、何日になったら来なさいといわれて行ったら、
「あなたには病気がありません」
「どうしてですか?私はこんなに悪いんですけど」
「私はどんな人を診ても病気を診間違う事はありません」と言うんだそうです。
「私があなたを診てどこにも病気がない。誰に聞いてもらっても、私のやった検査は全うだし、
診断の結果は間違いがない。だからあなたは病気じゃありません」


それで帰りに、埼玉県のこういうところに詳しい医者がいるっていうのを聞いてたもんだから、
わざわざ僕のところに来て、カンカンに怒るんですよ。
「なんぼ偉い東大の先生か知らんが、世界中の人間の全部の病気が分かる訳はなかろう」と
「てめえが分かんない時は分かんないって言えばいいじゃないか」
「なんで病気が無いなんていうんだ」って言ってね、
カンカンに怒って僕のところに来たんですよ。

それはその通りだ。
そのお医者さんの考えは間違ってる。
で、あんたの病気は
こういう訳で、今の医学じゃどうしようもないし、どこぞが悪い事も今の医学では分からない。
直す方法もなければ、中に入った放射線をつまみ出す方法もない。
あんたが自力で自分の意思で命を守って戦って生きるしかないんだ。という話を2時間ぐらいしました。
それで、やっと納得して帰ってね、
それから毎月報告してよこします。

「先生に言われてからこういう生活をしている」と、
だんだん、だんだん、その症状が薄れてね、
結局最後は癌で亡くなりましたけれども、長いお付き合いをしました。

つまり、ぶらぶら病っていうのは、
ま、僕らはぶらぶら病っていう名前しか知りませんが、患者さんが付けたその名前を言うんですけれど、
これが、福島に出るだろうと、わたくしは悪いけれど推定しています。


と言うのは、被ばくした放射線は、
広島・長崎と同じ、プルトニウムとウラニウムを混ぜ合わせたプルサーマルというのを使っている。
だから、広島と長崎の被爆者が経験したことは、必ずこの人達に起こってくるだろう。


その時期は、ま、おおむね3年後が一番まとまった始まりだろうという推定をしています。

でも、残念だけど、もう始まってますね。
1年目、何人ものお母さんが脱毛が始まった。
放射線の疾患の特徴は、
粘膜出血、高熱、それから口の中の口内炎。どんどん悪くなって腐ります、腐敗をする。
それから、柔らかい皮膚に紫色の斑点が出ます。
最後に頭の毛が抜ける。
抜けるっていうより取れるんですね。
当時の経験では頭をこうやる(なでる)と、その下の毛がすっっと取れる


私のところにもう4人、福島の相馬のご婦人から、
4人が、「先生の書いた本にある”脱毛”っていうのが自分に始まったみたいだ」って言ってきています。
だから、あと1年ぐらい経つと増えてくるんじゃないかと心配しています。

心配する理由は、
日本中の医者が今、どの医者もひとりも内部被ばくの症状を診た事がない。
放射線被害についての知識も持っていない。
これは政府の力で、みんなで被ばく者を診て、正しい指導ができるように急速に体制を作らないと、
医者も困るし、患者さんも気の毒な状態が起こります。


そういう心構えも準備も今の日本の中にはなんにもない!

皆さん自身が現地のお母さん方から、「明日からどうしたらいいんですか?」といわれた時に、
おそらく、自信を持って「こう生きれば大丈夫よ」っていうものは、皆さんは持ってないと思う。
自分の努力で生きる以外に手はないんですよ、放射能の被害は。

だから自分が自分の命の本当の主人公になる。

そんな思いを持っている人は誰もいない。
朝起きて自然に生きているから生きている。
その時思いなおして、
「今日1日自分は放射線に負けないで生き抜くんだ」という意志を持って生きる。

肥田3.jpg

この努力が、私は放射線と戦う一番だいじな要素だと、経験上思っています。

もう時間が来ました。

皆さんがこれから成すことで一番大事な事は、
孫とひ孫のために、日本の全ての原発を止めて綺麗にした日本を残すという事が一つ。

もう一つは、今被ばくをしていろいろ思い悩んで苦しんでいる人たちを励まして、
元気を、向こうを向いてね、明るく生きる道を一緒に作ってあげることです。


つまり、被ばくした人は、助けが欲しい。
薬もダメ、医者もダメ、なにもダメとなったら、
やっぱり背中をたたき、腰をたたいてね、「一緒に生きようよ」という人を沢山作らなくちゃいけない。
それには、放射線に関心を持った皆さんが学んで、そういう人間になって頂くほかしょうがない。
そう思ってわたくしは95歳でも、負けないで、毎日講演をして歩いています。


ですからみなさんも今日、この話を聞いた後、
そういう立場で被ばく者に対して、励ます人間として立ち向かってほしい。
そういうふうにお願いしてわたくしの話を終わります。


沢田昭二氏「市民と科学者の内部被曝問題研究会」第一回総会記念講演4/22(動画・内容書き出し)

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肥田先生の話を聞くと力が湧いてきます。
ここまで私の文字起こしを読んでいただいたけれど、
お時間があれば、先生の動画をご覧になる事をお勧めします。
時にやさしく、そして力強く、慈悲深く、そして凛として
温かく、淋しげで、頼もしく、自信に満ち、また、真っ赤になって怒りを表す。
そんな肥田先生の全身全霊で話される講演は大好きです。
聞いているだけで、見ているだけで、長生きできそうな気持になっちゃうww


私が一番初めに肥田先生を知ったのは、2011年4月です。

4/24広島にて内科医の肥田舜太郎医師講演(内容書き出しました) 

            ↑
この時よりも、今の方がもっと若くなっているような気がするw
私も、この時はまだ、書き出しを始めたばかりで、句読点も打たず、今見るとヒドイwww


posted by ぱわふる at 18:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 内部被曝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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