2012年04月30日

福島県甲状腺検査、35%が「5ミリ以下の結節、20ミリ以下の嚢胞」−ゴメリ以上の甲状腺異常の可能性

http://peacephilosophy.blogspot.jp/2012/04/blog-post_28.html

福島県甲状腺検査、35%が「5ミリ以下の結節、20ミリ以下の嚢胞」−ゴメリ以上の甲状腺異常の可能性

福島民報(4月27日)より。

しこり「おおむね良性」 甲状腺検査 18歳以下の県民健康調査   
http://www.minpo.jp/view.php?pageId=4107&blockId=9966191&newsMode=article

東京電力福島第一原発事故を受けた県の甲状腺検査で、3月末までに検査を終えた3万8114人のうち、「直ちに2次検査を要する」と判定された県民はいなかった。


26日、県が福島市で開いた県民健康管理調査検討委員会で示した。


警戒区域などに指定された13市町村の18歳以下を対象に検査しており、受診率は79.8%。直径5.1ミリ以上のしこりなどが確認され、2次検査の対象となったのは186人だったが、検査している福島医大は「おおむね良性。通常の診療では想定内」とした。


県は県外避難者が検査を受けられるよう、本県を除く46都道府県に検査実施機関を設ける。県内は福島医大以外にも検査拠点を整える。平成24年度は放射線量が比較的高かった12市町村の15万4894人を対象に検査する。


対象市町村は次の通り。


福島、二本松、本宮、大玉、桑折、天栄、国見、白河、西郷、泉崎、郡山、三春(2012/04/27 09:54)

「おおむね良性」という不審な表現が気になり、探したら、福島県のHPにこのような書類が出ていた。

第6回福島県「県民健康管理調査」検討委員会 次第

これにに今回の甲状腺検査の手続き、結果が出ている。下記は14ページの結果の表を転載した。これを見ると現実には上の報道が与える印象とずいぶん異なることがわかる。

調査5.JPG

報道されていないのが、検査を受けた38,114人のうち12,460人(35.3%)が、「5.0mm以下の結節や20.0mm以下の嚢胞を認めた」とされることである。「5.1mm以上の結節や20.1mm以上の嚢胞」は186人、二次検査を要するとされている。

北海道深川市立病院内科の松崎道幸医師より以下コメントをいただきました。

1.甲状腺の「結節」には充実性の腫瘍だけを指す場合と、腫瘍とのう胞の両方を指す場合があります。論文によって、定義はいろいろです。


2.今回の福島県調査(事故後12か月まで)では、「結節」と「のう胞」を分けて記述してありますので、「結節」の頻度=充実性腫瘍の頻度とみなすことができます。

3.今回の福島調査の結果を次のようにまとめることができます。:事故から1年後までの検診(18歳以下)甲状腺結節1.0% のう胞35.1%

4.過去の諸外国の未成年を対象とした甲状腺検診の結果と対比してこのデータを検討してみますと、

(1)チェルノブイリ・ゴメリ地方(福島市かそれ以上の汚染地域)における山下氏の検診成績

http://www.aec.go.jp/jicst/NC/tyoki/bunka5/siryo5/siryo42.htm

1991年5月から1996年4月までの5年間で現地周辺12万人の調査解析を終了。つまりチェルノ事故の5年後から10年後までのデータを見ると、ゴメリ地域のこどもの甲状腺結節検出率は1.74%だった。

ということで、この「甲状腺結節」の頻度が「のう腫」を含む頻度だったなら、福島はチェルノブイリ・ゴメリ地方の36倍も高率に甲状腺の形態異常が発生しているということになります。 

他方「のう胞」を含まない頻度だったならば、福島県調査とほぼ同じレベルの甲状腺結節出現頻度であると考えられます。

ただし、福島調査が放射線被ばくの1年以内のデータである一方、チェルノブイリデータは被ばく後5〜10年経った時点でのデータであるので、「福島では、被ばくから1年経った時点で、チェルノブイリ・ゴメリ地方の被ばくから5〜10年経った時点と同じ甲状腺腫瘍の発生率となっている」と言うことができます。

放射線被ばくから年数がたつにつれて、甲状腺がんが増えるわけですから、未だガンかどうかの鑑別が付かないにしても、甲状腺の中に「しこり」が発生することは、将来の甲状腺がんの発生の恐れを示している可能性があるわけで、注意深く追跡する必要があると思います。 

(2)慢性ヨード不足地域であるクロアチアの約5500名の11〜18歳児の甲状腺検診
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1029709/pdf/archdisch00562-0027.pdf

甲状腺結節(結節にはのう胞を含む)検出率は0.055%(アロカ社の超音波装置で検査)でした。

これは、福島調査の「結節」+「のう胞」検出率36%の70分の1という超低率です。 

百歩譲って「のう胞を含まない結節だけ」の頻度=1.0%と比べても、20分の1という低率です。

10数年前の調査とはいえ、超音波診断技術にそれほど差があるとは考えにくいわけで、クロアチアよりも福島のこどもたちに甲状腺異常が多発している懸念を払拭できません。

以上の検討から、日本人の「平時」のこどものデータがないために、断定的なことは言えませんが、科学的な手法による福島のこどもたちの甲状腺のモニタリングをしっかり続けることが何よりも必要であると考えます。


松崎道幸

peacephilosophyよりの転載ここまで=============

今回の甲状腺検査の手続き、結果にはこのような記述もあります。

調査4.JPG

調査6.JPG

福島県民の方の不安な気持ちが痛いほど伝わってきます。

新聞報道の欺瞞

peacephilosophyのコメント欄より、これについての各新聞社の報道の仕方についての指摘があります。

以下コメント欄より転載。==============

記録のために報道を記しておきます。

読売新聞
甲状腺検査「おおむね安心な結果」…福島途中経過
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120427-OYT1T00250.htm

福島県が全県民を対象に実施している健康管理調査の検討委員会が26日、福島市内で開かれた。18歳以下が対象の甲状腺検査の途中経過が報告され、いずれも「おおむね安心できる結果」であることが報告された。

 甲状腺検査は、3月末までに、南相馬市や浪江町などの3万8114人に実施。うち3万7928人(99・5%)がしこりなどが見つからなかったり、問題ないほど微小だったりした「A判定」だった。小さなしこりが見つかった「B判定」は186人(0・5%)いたが、すぐに治療が必要なほどの異常がある「C判定」はゼロだった。B判定の人については現在、念のため二次検査が行われている。これまでのところ、甲状腺がんを疑われる人はいなかったという。

 県は県外の医療機関に協力を求め、5月以降、県外避難者も子の甲状腺調査、「問題ない」大半 福島県が中間報告現地で検査が受けられるようにする方針。

朝日新聞
子の甲状腺調査、「問題ない」大半 福島県が中間報告
http://www.asahi.com/national/update/0125/TKY201201250524.html

福島県は25日、東京電力福島第一原発事故に関連して、福島県の子どもの甲状腺の超音波検査の途中経過を発表した。事故とは関係ないとみられるが、良性のしこりなどがあって、2次検査が必要な子どもは0.7%だった。

 被曝(ひばく)が原因で甲状腺がんが発生するのは最低4年は経ってからとされており、今回の調査は、将来、異常が出た場合、事故の影響かどうか調べるためのデータとして活用する。

 福島県立医大で検査した3765人。問題がない「A」が大半で、しこりなどがあるが、良性の可能性が高い「B」が0.7%にあたる26人、悪性が疑われる「C」判定はいなかった。B判定は、念のため再度の超音波や血液、尿の検査をする。

Peace Philosopher said...
時事、朝日、読売の報道はいずれも、3人に1人にのう胞や結節が見られたことを、「良性」「微小」といった言葉でごまかして、隠しています。


posted by ぱわふる at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 被災地の声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月25日

瓦礫の受け入れに反対をしてください。―福島の母親たちよりー

測ってみっぺ!いわき 放射能測定引き受けます 不安な声を聞かせて下さい 安心に繋がる出会いになりますように・・・ブログより。
http://maeveherb.jugem.jp/?eid=107
2012.03.24 Saturday

いわき市の方のブログです。被災地の方の声を是非聞いてください。


『今年は復興元年』

『瓦礫の処理が進まないことが復興を妨げている』

北九州へ避難した友人ばかりではなく
各地へ避難した母親たちが、瓦礫の問題で苦悩の日々を過ごしています。

避難しても尚、気の休まる暇がないばかりか
地元の住民の方々との意識の違いで孤独感を抱え
福島にいて散々苦労してきたことを、また繰り返さなければならない彼女たちの現状を思うと
胸が締め付けられる思いでいっぱいになります。

難しい分析や見解などは専門家の方にお任せ致します。
瓦礫の受け入れをすることによって
その後起こりうるであろう暮らしの変化や
放射能と共に暮らすということがどんな心情を伴うかということを
母親の立場で書かせて頂きたいと思います。

1年という月日の中で学んだことはたくさんあります。

本当のことは後から分かるということ。

細心の注意を払わないということは自ら被曝を受け入れることと同じだということ。

目を光らせていなければ、いろんなことはどんどんなし崩しになっていきます。

1年が経ったから大丈夫なんだという、なんとなくの流れが私たちの周りを囲んでいます。

何事もなかったということにしたいという思いが見え隠れし
原発事故って、こんなに軽いものなのだったの?と、
あまりの終わった感でいっぱいの空気に脱力感でいっぱいになります。

私たちの悲しみに目を向けて、同情をして、分かち合いをして下さるのなら
瓦礫を受け入れるのではなく
どうか、私たちの変わってしまった日常に目を向けて下さい。


季節ごとの楽しみは悲しみに変わりました。

これらはもう元には戻りません。

子どもたちに『さわっちゃダメよ!毒だよ!』と自然を敵のように言わなければならないことはとても悲しいことです。
大好きなお花摘みもできなくなりました。
草の上を転がりながら遊ぶ子どもたちの様子を、目を細めながら眺める日々は戻っては来ません。

震災以降、私たちは『心穏やかに過ごす』という精神を失ってしまいました。
目の前にあるものは被曝の原因となるものかもしれず
子どもの行為ひとつひとつが危険を伴う行為かも知れない
そんな中で心穏やかにいるということは、とても難しいことです。

神経質な母親だからではありません。
それは、自分が子どもの成長に責任がある存在だということを、強く意識すればこそのことです。
私たちを、ひとくくりにしないでください。

不安定さは認めますが、意味もなく不安に駆られているわけではありません。
ここにとどまったとしても、できる限りの安全を確保したい
それを日常の中で持続させ続けることは大変なことです。

心の休息を取らなければ、まいってしまうというのが正直なところです。

しかし、現状はといえば
震災以降、安全を確保するために努力をしている人たちは
県外の安心と思われる食材を取り寄せ、水も購入し、使い捨てのマスクも常にストックし
休みの日はなるべく遠くへ出かけ
被曝がどれほどのものだったのだろうかと実費で検査をし
その出費をムダ遣いだと夫に叱られながらも
何度も検査を続ける母親の気持は悲しみでいっぱいです。

家計は見事に火の車
そのためには今まで以上に家計を切り詰め、働かなくてはなりません。

心の余裕どころか経済的な余裕すらなくなってしまい
それが心の窮屈さに繋がってしまっていることも事実です。

常に何かに追い詰められているような日々
学校からのお便りが届くたびに出るため息・・・
『ああ、なんだか原発事故なんてなかったかのよう・・・。放射能に注意を払うような内容なんてどこにも見当たらない・・・』
教育の現場が、できる限りの策を常に考えて、子どもたちを全力で守ってくれるであろうという
私たちの予想は見事に外れたというショック・・・

このショックはいまだに癒えていません。

当たり前に戻そうとする勢いに、不安を抱く母親の疲れは更に膨らんでいくのです。

それを共有できている人は幸せなほうです。

未だに一人ぼっちで悩みを抱えながらいる母親に
私は会いたいと思うのですが
それもなかなかできていないかもしれません。

安心の度合いは人それぞれなので押し付けることはできません。

こんな教育委員会の言葉に、私は首をかしげます。

押しつけではなく、共通認識として、大人が子どもを守るという姿勢を見せるのが教育現場としてのあるべき姿なのではないでしょうか?

教育現場とのやり取りで、どれだけの母親たちが傷付いて涙を流していることでしょう・・・

先日、子どもたちを放射能から守る全国ネットワーク主催のサミットに出席した際に
『子どもの人権』という言葉を目にしました。
とても大きく心が反応しました。
守られるべき子どもの人権が守られていないという現状。
まだまだ埋もれていますが
各現場での対応がどうであったのか
取り上げれば大問題になるであろう事例は山ほどあります。

私自身、震災以降、各家庭の線量を測定しながら、
各教育現場がどんな対応をしているのかを聞き取りしてきましたが
耳を疑うような話は本当にたくさんあり
母親たちの涙をたくさん見てきました。

そんなことが許されるのかと、本当に悔しさを噛みしめてきました。

みなさんに、私たちのような思いをしてほしくはありません。
私たちの現状を知って下さい。
毎日毎日が、今までとはまるで違ってしまいました。

この空虚な思いは、なかなか伝わらないでしょうが
ほんの少しでもイメージをしてみて下さい。

分断という言葉をよく耳にしますが
意識の違いが生み出す分断は想像以上のものです。

放射能に敏感でいるということが、イコール、こそこそと身を守るという
なんともおかしなことになっているのです。

私自身は堂々としているつもりではありますが
風評被害という言葉がここに存在する以上は
ほとんどの人たちはNOという言葉を上げられないのです。

今までは有難いお付き合いであったことが今はそうではない・・・
頂き物をどうするかという、気まずい話もよく聞きます。

例えば、収穫の秋、自宅で採れた柿で干し柿を作るということは
本当に素晴らしい伝統的な食の楽しみであって
歓声を上げながら柿を取って
縁側に腰をおろして家族総出で皮を剥いて
干し柿作りをする光景などは、今までならほのぼのとした秋の風物詩でした。

放射線量が高い福島市。私の実家でも、例年通りに干し柿を作りました。

それが届いた時の気持ち・・・


柿の線量は高いということは食品測定所のデータで知っていました。

干している場所も高濃度汚染地域です。


親であっても意識は異なり
説明しても通じることばかりではありません。

これを食べるか食べないか
こんなことがずっと続いています。

これはごくごく小さな、ほんの一例にすぎません。
とにかく今までとは、全てが違うのです。

これ以上汚染を広めることはしてはいけません。

どうか瓦礫の受け入れにはNO!と言って下さい。

真実は後から知っては遅いのです。

私たちの悲しみを無駄にしないでください。


失ってから気づくことの多さに
私たちは途方に暮れています。


痛み分けなど、私たちは望んではいません。
同じ思いをしてほしくはないのです。


防ごうと思えば防げることを
どうか積極的に考えて頂きたいのです。

汚染された後に、どんなことになるのか
具体的なことはあまり伝わっていないのでイメージができない
遠方から届くそんな言葉を受けて
ごくごく日常にある、私たちの暮らしや思いを、ここに書かせて頂きました。

これをお伝えすることは、私の友人たちも望んでいることです。

子どもを守るために苦労している、福島の母親たちからの祈るような思いが
少しでも伝わりますように・・・。



posted by ぱわふる at 07:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 被災地の声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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