2012年04月29日

肥田舜太郎氏「市民と科学者の内部被曝問題研究会」第一回総会記念講演4/22(動画・内容書き出し)

市民と科学者の内部被曝問題研究会 第一回総会記念講演 肥田舜太郎氏






ご紹介いただいた肥田舜太郎です。
長い間待望していたみなさん方のような優秀な方による内部被ばく問題研究会が発足いたしました。
おそらく世界で初めてだと思います。

核兵器に関心を持って、あるいは現在原発を動かしているどこの国でも、
内部被ばくの問題はほとんど知られていません。
特に国民の皆さんには全く伏せられています。
それはやはり、放射能というものを利用して、金を儲けようという側の者にとっては、
その被害を詳しく知られる事は、最も恐ろしい事なんですね。
だから、全勢力を上げて、内部被ばくは害がないという事を、
今日まで地球上のすべての国で、そう思い込むようにやってきました。

わたくしは広島で軍医をしていて、まぁ自分も被ばくをしたんですが、
偶然命が助かって、その代わり、その瞬間から、
即死した人、倒れた人、焼き殺されたというのを、いやというほど見てきました。
ですから、あの爆弾が原爆という事が分かって、
その原爆が放射線を出すという事が分かるまでには、少し時間がかかりましたけれども、
基本は放射線が主力の殺人兵器だというふうに私は認識しています。

そして67年間、いまでもまだわたくしに相談に来る被ばく者がいますから、
殆ど後半半生は全部被爆者のために生きてきたと言っても過言でない生活を送ってきました。
それほど卓越した医者でもありませんし、
学問的にもそれほど深いものを持っているわけでもない、平凡な町医者でした。
研究はする事はできません、時間がなくて。
症例だけは沢山持っています。

肥田1.jpg

そして、それを今振り返ってみると、
やはり、他人が目で見て「ああこの人は被ばくをしたんだな」
ケロイドがあったり、やけどをした後が残っている。
そういう人ももちろん大変な苦しみを味わったんですが、

内部被ばくを受けて、外から見たんでは何の証拠もない。
具合が悪くて医師にかかっても、日本の医師で内部被ばくを知っている医師は当時ほとんどいませんでした。
ですから、検査をしたり、診察をしても、どっこにも、
彼らの持っている医学知識では、異常が認められない。
必然的に「あなたは病気ではない」という言葉が出るんですね。

医師は自分で学んできて、検査の成績にせよ、信頼技術にせよ、どこかに異常があって、
それが心臓なり、肝臓なり、腎臓なり、すい臓なり、
どこかの内臓疾患に関係があるという判断ができない限り、病名が付けられない。

ですから、私のところに泣いて相談に来る大部分の人は、
どんな大きな病院に行って有名な先生に診てもらっても、
「あんたには病気はない」といわれます。

自分ではこんなに苦しくて、
まともには生きていけないほど体が悪いのに、
なんで医者が診て病気じゃないって言えるんですか?

そう言って怒ってきます、みんな。

私はそういう患者ばっかりを1960年ごろからずーーーっと診てきました。

そして出来る事は、本人を励まして長生きさせる事だけです。
その状態を治療するという方法が分からない。
だから結局は本人に健康を守るような生活の指導をして、
「一緒に長生きしようね」という話しかできなかった。

被団協という日本で唯一の被ばく者の組織に加わりまして、たった一人の被爆医師でしたから
結局私がやった仕事は20万、30万の生き残った被爆者の長生きを図るのがわたくしの仕事。

放射線のいたずらと抵抗して、人間が健康を守って生き抜く。
これがわたしの任務だなと思って、そういう仕事をしてきました。

ですから今、日本中を歩いて、いろんな話を頼まれてしますが、
みんなが私に要求するのは、
「どうやったらこの子を長生きさせられるのか」
「この女の子を結婚させて、赤ん坊がちゃんと生まれるでしょうか」
「私もまだ両親がたくさん長く生きているか分からない、
面倒を見てまだ長生きできるにはどうやっていきたらいいか」っていうのがみんなの要求です。

だから、沢山の専門家の人が言うように、
「事故を起こした発電所から、できるだけ遠くへ行って、放射線の来ない所へ行きなさい」
あとは「水と食べ物を絶対に汚染されていないと確かめたものだけを食べなさい」
そういう指示をするのね。
皆さんもテレビでそういうお話しを聞かれたと思います。

それのできる人がいったい何人いるんだ?と。
大部分の人はできません。
出来ない事を教えたってしょうがないんですね。
だからわたくしはみんなにできる事を教えます。


それを言ってくれる医者だというんで、全国から「来てくれ来てくれ」の話がくるんです。
それは私が被ばく者として、沢山の被ばく者仲間を、
癌や白血病にかからないで、寿命いっぱいに長生きさせようという運動を、
何10万という被爆者の人達と一緒にやってきた経験があるからです。
それは、結論から言えば、
自分の健康を守って、自分の命を何よりも大事だと、本当に思って、
その命を損なわないような、そういう理想的な健康な生活を意識的に努力をしてやるしかない。
放射線防護の戦いはそれしかないんだ。

私は沢山の被ばく者と30年、そういう運動を続けた経験から、確信を持ってそう言います。
他に名案はない。

それともうひとつは、
自分と自分の子供だけが幸せになるという考えは絶対に持つな。
幸せになるなら、みんな同じ母親とみんな同じ子どもが全部幸せになる道を考えろと。

それには努力をして、日本中の原発を全部止める。

それと、世界中の核兵器を無くして、日本の国がまたまた核戦争に利用されるような事は絶対にしない。
それには勇気を持って、アメリカに帰ってくれという事なんだと。
そこまで突き詰めなければ、この原発問題は片付かないよという話をして歩きます。


これは思想でも何でもない。
今ある原子爆弾の放射能という、余計なものの被害で苦しんでいる状態から抜け出そうと思えば、
一番それを妨害しているアメリカに帰ってもらうよりしょうがない。
原爆どころじゃない。
核兵器まで持ちこんでくるんだ。

そんな出会いは、もう67年もたった、
昔戦争が終わって、もう、その時の償いは十分我々はしてきた。
明日からまだまだ、さんざん奉公しなければならない義務は何にもないんだ。
そういう覚悟が決まれば、あなたは放射能と戦って生きる勇気ができる。
そういう話をしてきます。

肥田2.jpg

皆さんはもう、とっくにご承知だと思うけど、
直接外部被ばくを浴びる場合は、放射線の強さに、やはり一定の条件がある。
皮膚を貫いて、中にはいるだけの、そういう放射能の強さがなければ、
外部被ばくも人間の体に害を与えることはできない。

しかし、内部被ばくの場合は、
放射線の量や質の大小は無関係です。
どんな少量でも、入ったら最後被ばく者なんです。


入った放射能は沢山だから危ない。少量だから大丈夫なんていう事は全く無いんです。

アメリカは内部被ばくは入った放射線が微量だから、人間の体には害を与えない。
何の根拠もないウソを、(原爆を)落とした瞬間から日本にずっとウソをつき続けてきた。
沢山の人がそれに惑わされて、
沢山の大学教授が研究もしないで、
「内部被ばくは量が少なければ安全だ」と、今でもまだ思っているんですよね。

わたくしは、広島の被爆者が同じところで、同じ状態で被曝をした人間が、
片一方は3日後に死に片一方は今日まだ生きている。
人によって違うんですよね、対応が。

つまり放射線と人間の関係は、
その放射線と今受けた人間の健康状態が、その人の将来を決める。

同じような状態が起こっても、みんな被害は違うんです。

それを沢山私は経験しているから、
福島の人に、何μシーベルトでどうのこうのっていろんな意見が、こう、出ています。
全部同じようにあなたの隣の子も、その向こうの子も、その向こうの子も、お宅の子も
みんなおんなじ条件で被曝をしたんだ。
しかし明日から、この子たちに起こってくる運命は、一人ひとりみんな違うんだと。
こっちは100まで長生きするかもしれない。
こっちは、悪いけれども、高校生の時に癌が出るかもしれない。
それは、そのこの本人が持っている、その時の被ばくした時の健康状態によって違うんだと。

だから、基本は、
放射線は身体に入ったけれども、
その放射線が悪さをして、身体の中であっちこっち、こう悪さをしながら時間をかけて病気を作っていく。
それを作らせないようにすれば、長生きできるんだと。

日本の広島・長崎の被爆者は、みんなそうやって長生きしてきたと、
だからあんたがたも、何となく生きているという生き方じゃなくて、
明日から「私は正しく生きるんだ」と、「放射線には負けない」そう思って、
飯の食い方から夜の寝方から、トイレの行き方からセックスまで。
何もかも自分が行う行為が度が過ぎないように、
許された自然の


−2−


お酒も過ごさない
煙草も今日限りやめる。
悪いといわれた事は全部やめる。

そういう生活に、あなたも父ちゃんも、それをみならって子どもも躾る。
そういう生活を明日からしなさいと。
それがかったるくて嫌だったら、遠慮なく放射線に負けて死んでください。

そういう話をして歩きます。

そこまで言わないと、
ただ、「放射線っていうのは怖いものです。どうのこうの」と、
学者の先生が話をするように話しても、
今の、本当に心底心配している母親の悩みは止まりません。


原発というものが、こんなに恐ろしいものだという事が、
まだみなさん、本当の恐ろしさはまだ出ていない。

放射線の恐ろしさの一番深いところは、
医者が診ても病気だとは思えない。
しかし本人は身体の具合が悪くて、活動ができない。
それを悩んで自殺をした被ばく者は沢山あるし、
会社へ勤められなくなって「あいつは怠け者だ」といわれて、
自分じゃあ、働く気が十分ありながら、あの爆弾を受けたためにこんなになったんだと、
誰に訴えても分かってもらえない。


人間こんなに苦しい事はないですよ。ほんとうに。

72歳の時に、私のところへ訪ねてきた被爆者がいるんです。
22歳の時に広島で被爆をして、数週間たってぶらぶら病が出ました。
だけど軽くて、何日か苦しんで治っちゃって、
そのまんま、何とも無しに70何歳まで生きた。
それで、中小企業の社長さんで、沢山の人を使って、
それが、1980何年、ちょうど原爆が落ちてから、35年ぐらい経って、急にぶらぶら病が出てきた。
毎日自分の工場を回ってね、5つあるんだそうです
そこを回ってみんなを励まして、現場で段取りを付けるのが社長の役割。
ところがそれが回れなくなった。かったるくて。
それで、新潟の人なんですが、農協の病院や日赤の病院、
ありとあらゆるところで先生に診てもらって、どこへ行っても「なんともない」と。
どうしても納得いかないから、懇意のあった医院長に紹介状を書いてもらって東大まできた。
ホテルを取って。
で、3日待ってやっと診てもらえて、それでいくつか検査を受けて、
そして、何日になったら来なさいといわれて行ったら、
「あなたには病気がありません」
「どうしてですか?私はこんなに悪いんですけど」
「私はどんな人を診ても病気を診間違う事はありません」と言うんだそうです。
「私があなたを診てどこにも病気がない。誰に聞いてもらっても、私のやった検査は全うだし、
診断の結果は間違いがない。だからあなたは病気じゃありません」


それで帰りに、埼玉県のこういうところに詳しい医者がいるっていうのを聞いてたもんだから、
わざわざ僕のところに来て、カンカンに怒るんですよ。
「なんぼ偉い東大の先生か知らんが、世界中の人間の全部の病気が分かる訳はなかろう」と
「てめえが分かんない時は分かんないって言えばいいじゃないか」
「なんで病気が無いなんていうんだ」って言ってね、
カンカンに怒って僕のところに来たんですよ。

それはその通りだ。
そのお医者さんの考えは間違ってる。
で、あんたの病気は
こういう訳で、今の医学じゃどうしようもないし、どこぞが悪い事も今の医学では分からない。
直す方法もなければ、中に入った放射線をつまみ出す方法もない。
あんたが自力で自分の意思で命を守って戦って生きるしかないんだ。という話を2時間ぐらいしました。
それで、やっと納得して帰ってね、
それから毎月報告してよこします。

「先生に言われてからこういう生活をしている」と、
だんだん、だんだん、その症状が薄れてね、
結局最後は癌で亡くなりましたけれども、長いお付き合いをしました。

つまり、ぶらぶら病っていうのは、
ま、僕らはぶらぶら病っていう名前しか知りませんが、患者さんが付けたその名前を言うんですけれど、
これが、福島に出るだろうと、わたくしは悪いけれど推定しています。


と言うのは、被ばくした放射線は、
広島・長崎と同じ、プルトニウムとウラニウムを混ぜ合わせたプルサーマルというのを使っている。
だから、広島と長崎の被爆者が経験したことは、必ずこの人達に起こってくるだろう。


その時期は、ま、おおむね3年後が一番まとまった始まりだろうという推定をしています。

でも、残念だけど、もう始まってますね。
1年目、何人ものお母さんが脱毛が始まった。
放射線の疾患の特徴は、
粘膜出血、高熱、それから口の中の口内炎。どんどん悪くなって腐ります、腐敗をする。
それから、柔らかい皮膚に紫色の斑点が出ます。
最後に頭の毛が抜ける。
抜けるっていうより取れるんですね。
当時の経験では頭をこうやる(なでる)と、その下の毛がすっっと取れる


私のところにもう4人、福島の相馬のご婦人から、
4人が、「先生の書いた本にある”脱毛”っていうのが自分に始まったみたいだ」って言ってきています。
だから、あと1年ぐらい経つと増えてくるんじゃないかと心配しています。

心配する理由は、
日本中の医者が今、どの医者もひとりも内部被ばくの症状を診た事がない。
放射線被害についての知識も持っていない。
これは政府の力で、みんなで被ばく者を診て、正しい指導ができるように急速に体制を作らないと、
医者も困るし、患者さんも気の毒な状態が起こります。


そういう心構えも準備も今の日本の中にはなんにもない!

皆さん自身が現地のお母さん方から、「明日からどうしたらいいんですか?」といわれた時に、
おそらく、自信を持って「こう生きれば大丈夫よ」っていうものは、皆さんは持ってないと思う。
自分の努力で生きる以外に手はないんですよ、放射能の被害は。

だから自分が自分の命の本当の主人公になる。

そんな思いを持っている人は誰もいない。
朝起きて自然に生きているから生きている。
その時思いなおして、
「今日1日自分は放射線に負けないで生き抜くんだ」という意志を持って生きる。

肥田3.jpg

この努力が、私は放射線と戦う一番だいじな要素だと、経験上思っています。

もう時間が来ました。

皆さんがこれから成すことで一番大事な事は、
孫とひ孫のために、日本の全ての原発を止めて綺麗にした日本を残すという事が一つ。

もう一つは、今被ばくをしていろいろ思い悩んで苦しんでいる人たちを励まして、
元気を、向こうを向いてね、明るく生きる道を一緒に作ってあげることです。


つまり、被ばくした人は、助けが欲しい。
薬もダメ、医者もダメ、なにもダメとなったら、
やっぱり背中をたたき、腰をたたいてね、「一緒に生きようよ」という人を沢山作らなくちゃいけない。
それには、放射線に関心を持った皆さんが学んで、そういう人間になって頂くほかしょうがない。
そう思ってわたくしは95歳でも、負けないで、毎日講演をして歩いています。


ですからみなさんも今日、この話を聞いた後、
そういう立場で被ばく者に対して、励ます人間として立ち向かってほしい。
そういうふうにお願いしてわたくしの話を終わります。


沢田昭二氏「市民と科学者の内部被曝問題研究会」第一回総会記念講演4/22(動画・内容書き出し)

================================

肥田先生の話を聞くと力が湧いてきます。
ここまで私の文字起こしを読んでいただいたけれど、
お時間があれば、先生の動画をご覧になる事をお勧めします。
時にやさしく、そして力強く、慈悲深く、そして凛として
温かく、淋しげで、頼もしく、自信に満ち、また、真っ赤になって怒りを表す。
そんな肥田先生の全身全霊で話される講演は大好きです。
聞いているだけで、見ているだけで、長生きできそうな気持になっちゃうww


私が一番初めに肥田先生を知ったのは、2011年4月です。

4/24広島にて内科医の肥田舜太郎医師講演(内容書き出しました) 

            ↑
この時よりも、今の方がもっと若くなっているような気がするw
私も、この時はまだ、書き出しを始めたばかりで、句読点も打たず、今見るとヒドイwww


posted by ぱわふる at 18:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 内部被曝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月28日

市民と科学者の内部被曝問題研究会 総会&シンポジウム

4月22日に『市民と科学者の内部被曝問題研究会 総会&シンポジウム』が開催されました。

iwjで動画が公開されていますので、是非ご覧ください。



特に1時間41分からの小児科医 山田真氏、1時間58分からの函館の内科医 堀口氏、2時間7分からの千葉の内科医 柳沢裕子氏、2時間22分からの水俣の内科医 板井八重子氏を是非ご覧ください。
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/12438

沢田昭二(物理学者)         「放射線内部被曝研究の現状と課題」
矢ヶ崎 克馬(物理学者)        「内部被曝の基礎」
大沼 淳一(市民放射能測定センター) 「食の安全、データの正しい評価」
岩田 渉 (市民放射能測定所)      「フクシマの第一線から」
山田 真(小児科医)         「子どものいのちを守るために」
堀口 信(内科医)          「遠隔地で福島からの避難者に寄りそって」
柳沢 裕子(内科医)         「相談現場から」
板井 八重子(内科医)        「ミナマタからフクシマへ」
石田 伸子(子ども全国ネット)    「フクシマからの声」

以下は私のお友達がツイッターや動画からまとめてくださったものです。

■ 大沼淳一(市民放射能測定センター)「食の安全、データの正しい評価」
・底ものは汚染値変わっていない。ヒラメカレイなどなど。計れば計るほど出る。
・愛知県の衛生研究所はエライ!! ストロンチウムも長年測定してた。貴重なデータ。
・青年の家みたいな公共施設に1万人の子供たちを担任教師の引率で40日間30万人を年間2回保養させることができる
・年に2回、40日の避難で子供の被曝量は半減する。
・同じ事は戦時下にそれ以上の学童疎開を即座に実施している。
・「引受けるのは瓦礫でなく、子供達だ」
・学童疎開、戦時下に23万人が二ヶ月で移動

全国に測定所が80くらい立ち上がっている。測るためにはボタンひとつだが、データ解析は専門家が必要。
月100件 年1200件 x 80箇所で 96000件  117000件(国)
ベラルーシ3万件/日 検査されていること。

■ 岩田渉 市民放射線測定所   福島に入って活動  フクシマネットワークと
 この期に及んで給食は地産地消におかれていた。
 未だに不安を煽るとか、風評被害だとか。責任を被害者に押し付けることに。
 福島市校庭 爆発当事 放射性ヨウ素300万ベクレル/m2くらいであっただろう。
 飯館村酪農家にインタビュー 一ヶ月で5mSv被曝
 食品測定ワークショップ
 有機農業の今後
 福島高校科学部
Total cesium emission in one hour (放出続いている)
on 2012/01/29 72,000,000Bq/h
on 2012/02/27 10,000,000Bq/h
4号機が倒壊しても避難プログラムがあるのか。
To the ocean 5600TBq of total cesium have been diffused into the ocean
チェルノブイリとの比較 37000Bq/m2以上(管理基準) 福島1/3くらい ベラルーシより多い

■ 山田真 (小児科医) (子どもたちを放射能から守る全国小児科医ネットワーク代表)
 4/28 いわき市で健康相談会開催 定員70名に対して21名参加

・福島ではほとんど子供の診察をしていないのが実情。福島に行くと思ったことがほとんどできない。(絶対に疫学調査が必要。何かが起こっていると言えない。)
検査だけして、何もコメントをつけない。全部無駄になっている。推測できるデータを持っていない。許容量というものは言えない。
内部被曝のしきい値など、恣意的な物で、やむを得ず決めた物に過ぎない。定量など、誰にもわからない。
・国に求めてやらせるしかない。調査をさせ、全てのデータをオープンにさせる。
・福島の医師会は特別。福島市内は大丈夫と抑えることが県や国の目標であろう。
福島の今の状態は7月ぐらいから戒厳令というか自由にものが言えない状態になっている。
・渡利地区で相談に来たおじいちゃん、室内で20μSVくらいあるところがある。そんな地獄のようなところに孫と二人で住んでいて、自分が甲斐性がないためにと嘆かれた。大変な線量の中で生きておられる方が。気にすると生きていられないので、気にしないように決めてしまった人が多い。何でもないという事が将来大丈夫だと言われてしまうことは非常におそろしいことだから、何でもないと言われることは将来を補償されることではないことを。
相談会に来る方が段々少なくなっている。相談しても何も得られるものが無いからではないかと重い気分。
・東京でも相談に来る人が少ない。福島出身であるというと差別される直感。これから生きていくうえで、どんなことが起こりそうか分かっておられるのではないか。
・時間をかけてのコミュニケーションが必要。すべての方になんらかの対応ができれば。

■ 堀口信 (函館 内科医) 
「北海道で健康診断。県外避難者に対しどういう形でサポートすればいいかと思い参加。1800人の福島からの避難者。鼻血、下痢、リンパの腫れ、脱毛、吐き気、首のしこりetc」

・「子供を被曝させてしまった」という後悔に苛まれている人が多い。後悔している場合ではありません。貴方は悪くない。被曝症状を語れないのには、差別以上に受け止めて貰え無い暗黙の不安の方が大きいと思う。
北海道で健康診断。爆発直後外に出てた。鼻血、腹痛、嘔吐、風邪治らず、蕁麻疹、口内炎、アレルギー結膜炎、脱毛、首のしこり、免疫弱くなった等。子供を被曝させたという後悔、福島に残した家族の心配など。圏外避難者が相談や受診できる様にしてほしい。
被曝かどうかの議論は後でいいんだと思う。今は現実に軽くない病気の人がいるんだ。

■ 柳沢裕子(千葉県 内科医)「相談現場から」命を守るという側で医者の団結を作らないと内部被曝の隠蔽は変えられない」
・命守る医師の立場が安全か安全じゃないか大きく二分してしまってる。数人でも話はできるし命を守る側の医者の団結作りたい。内部被爆隠蔽、くつがえしていかなければ改善はできない。
・「取り越し苦労も」「呑気な不作為」も解決するのは「情報公開」と「徹底した検査と調査」しかない。行政や医師は真摯に考え無くてはならない。

■ 板井八重子(水俣 内科医)「ミナマタからフクシマへ」

・医師3年目で水俣の診療所へ。それから20年。胎児が水銀に汚染され流産や死産があるのではと発表した人がいる 問診だとその例多かった。
・往診してた胎児性患者さん29歳で亡くなった 解剖させてもらったら後頭葉への水銀沈着。腎臓尿細管にも。
・「メチル水銀の胎児への影響。劇症患者が発生していた2地域。9人の子を妊娠した女性。最初の子と7番目(妊娠中もその後も魚食べなかった)子だけが元気でそれ以外は流産」
・「異常妊娠率、二地域と非汚染地域と比較。汚染地で26%もの断トツの異常妊娠率が見られた。濃厚汚染時期とそれ以後も異常妊娠率が高い。事実として被害があっても疫学で証明難しい」
・「疫学研究における因果関係の証明」の困難さ・・ 胎児性患者として産まれることさえできなかった数をどうひろうか
水俣も、魚介を大量に摂取していた人から健康被害が発生し始め、何年か経ってから海岸から離れた居住者にも出た。多分放射能も同じだ。
・濃厚汚染時期と胎児性患者グラフ ドットはへその緒のメチル水銀量 異常率をグラフにすると濃厚汚染時期の後にもピークが一旦減るのは生まれてないから
水銀の為に妊婦のマグロの摂取規制があることをあまり知られていないと思うが、その一方でマグロの線量が検査されていらいということはもっと知られていないのではないだろうか。
大きな魚を敬遠しても ツナ缶には油断する。

■パネリスト最後は、石田 伸子さん(放射能から子供を守る全国ネットワーク事務局) 「フクシマからの声」

・子ども達を放射能から守る全国ネットワーク「サロンや健康相談会を開いている。ママレボという本を発行。ママレボリューションの略。報道は学校再開、桜が咲いて良かったねと一面化してきてる
・内部被曝研を転機にしたい 千葉では0.23μ以上は除染と言ってる 福島だと庭が10μ、子ども部屋は0.7μだったりする 国はどういう基準なのか。
・放射線管理区域では○○ダメと決まっていて、それがなくなったワケではないのに。2.7μ以上は妊婦子どもは避難と そんなに高くないと避難できないのか。
・福島市内では、どんなに線量がたかくても、避難勧告の指定がされない。経済的な思惑からのWスタンダード基準、それが1年以上続いている。子どもの避難もなされないまま。
・突然公園に除染残土が捨てられてたり 地産地消を積極的に勧めてる地区も 親の声を聞く機会をもうけて、と言っても反対多数で否決。
福島は庭が10マイクロなどざら。命にかかわる基準。震災前は放射線管理区域人々は守られて来た。事故が起こったとたん我慢させられている。経済優先で人口の多い所は避難指定されない
・お母さんたち、次から次へと問題が起こるたびに訴えるけど門前払い
福島の病院にあるwbcの購入経緯を誰か調べた方がいいと思う。
郡山で健康相談会に参加、親御さんが持ってこられるデーターはセシウム134,137それぞれ検出限界が300ベクレル。それで預託線量はこれこれだから安全という。ひどい話。
・(この状況では)負けちゃうか開き直るかどっちかしかない とお母さん達の声 安全危険で分かれてるのでない 笑ってれば大丈夫と思ってる人いない。
・「安全神話で笑っていれば健康だなんて思ってられない。毎日の水、食べもの、運動会に出すか、遠足に行かせるか考え続けるのは辛い。どうでも良くなる。開き直らないとやってられなくなる」
福島県がセシウムの検出限界値を300ベクレルと高く設置して子どもを診断して不検出と安全という。
「500万円かけて測定器を買った人が居る。近所の農産物から出ちゃう。すると、『なんでそんなもん測るんだ』と言われ、なんとなく測れなくなる」
「高校生が相馬でボランティアで復興に尽くそうと行こうとするが母が止める。親子で対立が起きる。立派な娘さんですね、というとお母さんが泣く。学校が安全だと強力に子ども達に教える」
「学校が安全だという事を子供達に教えている。」
・福島の子供達にこれから何が起きようが、国は放置する。水俣に学べ
・政府の言い分と、勉強して知った被曝の見解に大きな解離がある
・最初の半年で26万人減少の日本。5年後10年後、とんでもない事になってても不思議じゃない。福島、何万人減れば廃県となるのか?






posted by ぱわふる at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 内部被曝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月27日

鎌仲ひとみ最新作『内部被ばくを生き抜く』

生き抜く1.JPG

生き抜く2.JPG



鎌仲ひとみ最新作『内部被ばくを生き抜く』予告編



山口県でこの『内部被ばくを生き抜く』の自主上映会をやりませんか?
まさに今見るべき映画だと思います。

『内部被ばくを生き抜く』HP
http://www.naibuhibaku-ikinuku.com/

鎌仲ひとみさんからのメッセージ

未知なる危機に備えて 監督 鎌仲ひとみ

2011年3月に起きた東北大震災によって原発が4つも爆発してしまった、その後の世界に私たちは生きている。
大量の放射性物質が放出され、広範囲に拡散したことは解っているが、ではどれだけ出たのか実は正確な情報がない。
放射性物質は環境に溶け込み、生態系に入り込んだ。
呼吸や汚染された水・食品を通じて引き起こされる内部被ばくは、この時代に生きる私たち全員の問題となった。
これからいったい何が起きるのか、正確に予測できる人は実はいない。
ただできることはありとあらゆる情報と可能性を吟味して、


「命」を守る努力をするということだ。

放射能は様々な局面で「命」の脅威となりえる。
私たちは生き抜かねばならない、

そのためのささやかな助けとなればとこの作品を作った。




映画と一緒に鎌仲ひとみさんのトークショーがあればもっと素敵だな☆


posted by ぱわふる at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 内部被曝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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